深を知る雨


 《21:15 Eランク寮》


外で遊との電話を終えてまた盗聴モードにしようとしたが、どうやらお風呂か何かで端末を部屋に置いていっているらしいので今日の盗聴は終わりにすることにした。

どうせお風呂上がれば寝るだけだろうし。というか、そろそろ放っておいてもいいかもしれない。

ここ数日遊のことずっと盗聴してたけど、誰かに私の性別について言う気配は無いし、毎日チェックするのも面倒だし……。

そんなことを考えながら部屋のドアを開けると―――部屋の中が一変していることに気付いた。

……何ということでしょう。今朝まであったはずの家具の多くは無くなり、見たこともないソファや本棚、クローゼットの並ぶ全く新しい空間に……。

「あ、鈴。おかえりィ」
「ただいま。何これ?何勝手に部屋模様替えしてんの?」
「必要なものは収容能力使って持ってきてたからァ、鈴が使ってたやつを収容してこっちを出したの」
「居候のくせに勝手すぎる……」

頭を抱える私の気も知らないで、ティエンはふかふかそうなソファで寛いでる。

「あ、そーいえば鈴聞いたァ?シンガポアがマラッカ海峡を封鎖したって」
「……昼間にそっちの佐官から連絡来て知った」

マラッカ海峡は太平洋とインド洋を結ぶ海上交通の要衝で、封鎖されると海上輸送貿易に支障を来す。

特に大中華帝国にとっては打撃なはず。

輸送ルートを多角化する必要があるだろう。

正直予想外だった。シンガポアは今回の戦争に関わるような動きは全力で避けると思っていたから。

しかもそれが、表沙汰にはなっていないが大英帝国の差し金のようだから驚きだ。

戦争に巻き込まれたがらないシンガポアを説得するだけの餌を用意したってわけか。

確実に、向こうには知恵のある奴がいる。

「西洋の死神くんが一枚噛んでんのかなー?」
「何それェ?」
「……あ、知らない?」

8年前の戦争に関わった人間の間じゃ有名な話なんだけど……まぁ8年前って言ったらティエンは7歳かそこらだし、知らなくて当たり前か。

「ひっどい呼び名でしょ。その当時、そいつを見たらその国は終わりって言われてた男がいてね。西洋の死神って呼ばれてたんだよ」

西洋の死神は大英帝国のSランク能力者で、泰久と同年代。

泰久はそいつに並ぶ能力者として東洋の死神なんていう不吉な呼び方をされていた。

……ま、“東洋の核”には及ばないけどね。この世界の誰も。

「ふぅん。鈴は会ったことあるのォ?その西洋の死神と」
「……あるよ、残念ながら。事実そいつが現れた後暫くして、日本は戦争に負けた」

夏だというのに黒い長袖の服を着て、フードを被っていたあの男は―――今思えば本当に死神のようだった。

「そいつの能力はァ?1回やりあってみてェかも」

一応大英帝国の機密情報はできるだけ盗んだけど、向こうも電脳能力者を警戒して偽情報をデータとして残してるかもしんないから確かじゃない。

「いくつ能力を持ってるのかは分かんないけど、第一能力は多分血流操作能力」

でも、いくつかの情報を見比べたから、これは確かだと思う。

第一能力っていうのは、その人の1番得意とする能力のことだ。

「血流操作ァ?何それ、初めて聞いた」
「水流操作みたいに血を操って武器にできるの。……にしても、ティエンのそういうとこはほんと称賛に値するよね」
「んあ?」
「だって、普通もっと怖がるでしょ?西洋の死神なんていう凄いあだ名ついてる奴とか、得体知れなくて怖いじゃん」
「……」
「そんなのとやり合うのを楽しみにできるってのがもうねー。さっすが私の未来の相棒」
「……っ、あ、そ。当然でしょ、そんなのに怖がるわけないじゃん。鈴こそビビんなよって話ィ」

褒められるのに弱いティエンは、耳まで真っ赤にしてぷいっとそっぽを向いてしまった。

……そうだね。頼りにしてるよ、相棒。

あの男にビビってんのは私の方だ。

この世で唯一、あの男だけは私の罪を知っている。

できれば2度と関わりたくないのだが……敵である以上衝突は避けられない。

前向きに考えるとするならば、あの男を殺せば私の罪を知る者はいなくなる。

でも私の力で殺せるか?泰久並みの攻撃型の力を持った男と一対一でやり合って勝てる気なんかしない。

それこそティエンのような能力者に頼らないと絶対に無理。


――……「弱いね、哀花ちゃん」

あの日西洋の死神はそう言った。

……そうだよ、私は弱い。お前の言う通りだ。

でも、弱いなりに仲間作って勝ってやる。


だって泰久は、できないなりに頑張ってる私も、かっこいいって言ってくれたから。




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