深を知る雨
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気付けば授業が終わっていて、薫に叩き起こされた。
「お前、目の前でかくかくかくかく鬱陶しいんだよ!」
「オレ馬鹿だからさ、聞いても分かんないっつーか……」
「寝るんだったら前じゃなく後ろに座れ!真面目に授業受けてる俺の邪魔すんな」
私が寝かけていたことを怒る薫の隣にいる遊が、衝撃的事実を伝えてくる。
「薫も途中寝てたやん」
ええええええ?薫も真面目に授業受けてないじゃん?
「じゃあ何で上から目線でオレに怒ってくんだよ!」
「薫は心配してるんよねー。ここ結構重要な範囲やし、試験に出た時お前困らへんかって」
「心配ぃ?それは自分も同じじゃ……」
「薫の場合分かっとって寝とるもん。全範囲の勉強自分でしてもう終わっとるらしいし。薫、いっつも試験で高成績やねんで?知らん?」
「マジで!?馬鹿そうなのに!」
「おいクソ底辺、蹴り飛ばすぞ」
どちらかと言えば遊の方がインテリっぽいのに、と思いながら遊を見ると、私の視線から言いたいことを汲み取ったのか、とんでもない方向からの答えを返してくる。
「俺は心読めるもん。別に勉強せんでも他人の答え分かるし」
「それカンニングじゃね!?」
「そう、それ。純粋に良い点数取ってもどうせ怪しまれてそんな風に言われるだけやし、ほどほどにしとった方がええやろ?」
ペンを回す遊は、別に気にしているという風でもない。それが当然だと思っているみたいだ。
“何でもやれる人間”というイメージがあるからか、高レベル能力者は何かあった時疑われる。それは事実。でも……何もしてない高レベル能力者が怪しまれない努力をしなきゃいけないって、どうなんだろう。
ちょっと考え込んでしまっていた私の椅子を薫が割と強めに蹴ってくる。
「いつまでそこにいる気なんだよ。次の授業始まるまでに席移動しろ」
「まぁ待てよ。オレにはまだ聞きたいことがあるんだ。お前ら、楓のどういうとこが好きなの?」
若者同士が仲良くなるには恋バナが一番。ついでにアドバイスでもしてやれば私への好感度アップは間違いなしだ。
「裏表無いところ」
急に好きな子の名前を出されて動揺しているのは薫だけで、遊は表情1つ変えずに即答する。早めに答えて早めにどっか行ってほしいという願望を感じられなくもない。
「読心能力者が言うと説得力あるな」
「そうやな。あいつは実際に裏表がない。考えたこと言葉にするだけや」
まぁ、確かに初対面の私にも包み隠さず外見へのコメントをしてきたもんな……あれは傷付きました。
遊の言うことに納得した後その隣の薫に目をやるが、薫はあからさまに私から視線を逸らす。
「薫は?薫は?」
「…そんなんここでする話じゃねぇだろ」
「恋愛話如きで恥ずかしがるのか……お前意外とピュアボーイ?」
楓のこと抱くだけ抱いてるんだろうから、ピュアボーイは名乗れないと思うんだが。中途半端なピュアボーイ・薫は一瞬殺意の篭った視線を私に向けてきたが、その後諦めたのかようやく白状する。
「…努力家なとこ、だな。あいつ、元はDランクだったらしい。それを努力してAランクの気流操作能力者になったんだから、大したもんだよな」
「……ふうん」
いくつか思うことはあったが、最も気になったことを口にした。
「…てことは、この部隊が女性禁制じゃなかったらお前らと一緒だったかもしれねーな」
「あぁ。あいつ、ほんとは超能力部隊に入りたかったらしい」
それを聞いて重たい気持ちになった。
私が8年前あんなことをしなければ、この部隊は女性禁制なんて言い出さなかった。………私のせいだ。
全部私の責任だから、私は償わなきゃいけない。
この戦争に勝たなきゃいけない。
女である私が役に立ったという形で。
それはもう、絶対に周りに文句を言わせないくらい、圧倒的な貢献度で。