深を知る雨
誰かの話
《23:30 軍施設外》
その夜女は夢を見た。
庭の池。
泳ぐ鯉。
照り付ける太陽。
融けてしまいそうな暑さ。
夏に似つかわしくない黒い長袖。
流暢な日本語。
『弱いね、哀花ちゃん』
死神が笑う。
『そんなんじゃあいつに勝てないよ?』
うるさい、と叫ぶ。
『一生かけても、ね』
そんなことは分かっている。
それでも追い掛けずにはいられないのだ。
追い掛けることは苦しいことだと分かっているのに。
『君の中にあるのは嫉妬と劣等感ばかりだね』
お前に何が分かる、と思う。
お前もあの人と同じ―――生まれた時から全て持っている人間じゃないかと、少女は死神を睨む。
『そんな目で見るなよ。可愛がってあげたくなるデショ』
少女はその瞬間初めて死神のことを怖いと感じる。
『俺が君を育ててあげる』
やめろ、その手を取っちゃいけない―――。
そこで女は目を覚ます。
じっとりと汗をかいた肌に触れ、大きな溜め息を吐く。
女の隣に眠るのは見知った男。
そのことに幾らかほっとした女は、もう一度目を瞑り、しかしまた同じ夢を見ることが怖くて起き上がる。
――――8年前の夢に苦しむ人間が、ここにもまた一人。