深を知る雨

誰かの話




 《23:30 軍施設外》


その夜女は夢を見た。




庭の池。
泳ぐ鯉。
照り付ける太陽。
融けてしまいそうな暑さ。
夏に似つかわしくない黒い長袖。
流暢な日本語。


 『弱いね、哀花ちゃん』


死神が笑う。


 『そんなんじゃあいつに勝てないよ?』


うるさい、と叫ぶ。


 『一生かけても、ね』


そんなことは分かっている。

それでも追い掛けずにはいられないのだ。

追い掛けることは苦しいことだと分かっているのに。


 『君の中にあるのは嫉妬と劣等感ばかりだね』


お前に何が分かる、と思う。

お前もあの人と同じ―――生まれた時から全て持っている人間じゃないかと、少女は死神を睨む。


 『そんな目で見るなよ。可愛がってあげたくなるデショ』


少女はその瞬間初めて死神のことを怖いと感じる。


 『俺が君を育ててあげる』


やめろ、その手を取っちゃいけない―――。



そこで女は目を覚ます。

じっとりと汗をかいた肌に触れ、大きな溜め息を吐く。

女の隣に眠るのは見知った男。

そのことに幾らかほっとした女は、もう一度目を瞑り、しかしまた同じ夢を見ることが怖くて起き上がる。



――――8年前の夢に苦しむ人間が、ここにもまた一人。




< 150 / 331 >

この作品をシェア

pagetop