深を知る雨

2201.01.15



 《19:00 Aランク寮》


それは、楓が忙しくてこの軍事施設に来なかった日のことだった。

「聞いた!?日中合同軍事パレード開くって!」

Aランク寮に駆け付けた私は、居間に入るなりそこにいた3人に端末にきたお知らせメッセージを見せる。

多分先日行われた英伊合同軍事パレードに対抗してのものだろう。

「そんなんもうここにおる奴ら全員知っとるわ」
「あんたの端末に来てるってことは軍人全員の端末に来てるってことだろ。馬鹿なのか?」

ひいっ……里緒の目が冷たい!

「で、でもでも!よく読んだ!?ちゃんと読んだ!?ランク別にパフォーマンスしなきゃいけないんだよ?」
「らしいな」
「これは、Aランク隊員への好感度上げるチャンスだよ!踊ろう!皆を楽しませよう!人間らしいとこ見せよう!」
「怠いんやけど」
「そもそもお前Aランクじゃねぇのに何で俺らのことで盛り上がってんだよ、Eランクのパフォーマンスの練習しろや」
「ちょっとくらい口出させろよ!大体Aランクが怖がられてるのって薫のせいなんだろ?最も親しみやすくならなきゃいけないの薫だよ!?というわけでこれ踊って!」

私が端末で流したのは、大中華帝国のセクシー系女性アイドルグループが踊ってる動画。これなら中国側の人にもウケいいだろうし、ちょうどいいと思う。多少お尻回したり腰くねくねしたり投げキッスしたりしなきゃいけないけど、まぁその辺は恥を捨ててもらって。

「…………あー、俺今日これから用事あったんやったわ。ちょっとしたら戻ってくるから留守頼んだで」
「…………そういや俺も今日用事あったんだったわ。留守頼んだぜ、底辺」

嘘つけ、お前ら絶対銭湯行くだけだろ。

「待てって!検討しろよ、これ!絶対いいと思うの!」
「あーハイハイ分かったからついてくんな」

―――遊と薫がマジで出ていったせいで、取り残された私と里緒。

どこにも行かない里緒はもしかしてダンスの件賛成派なのか?と思ったけど、単に途中から聞いていなかっただけらしく、テーブルの横に置かれた本棚にあった古い雑誌をぺらぺら見てる。

……あれ、これもしかして初めての二人きり?

そういえば共通の趣味も無いし、話すことなんてそうない。薫とだったらグラビアアイドルの話して盛り上がれるけど、里緒はそういうの知らなそうだもんなぁ。

「……そうだ!待ってる間に意味の分からない文を作るゲームしよう!」
「は?」

突然の提案をした私に、里緒は分かりやすく眉を寄せる。

「昔泰久たちと作ったゲームなんだけどね、意味の分からない文を言っていって、思い浮かばなくなった方が負けなの」
「意味が分からない文ってのの意味が分からない」
「“満ち足りない充足感”とか」
「……は?」
「“一切を水に流してわだかまりを残す”とか」
「……」
「ハイ、オレから!“大声で呟く”!」
「…じゃあ、“蚊の鳴くような声で叫ぶ”」
「“正体が明らかな不審者”!」
「“1つに発散する”」
「“拳で蹴る”!」
「“寂れた繁華街”」
「むう、なかなかやりおる……。じゃあ、“抑制を促進する”」
「それは分かる。抑制することを促進する、って考えれば成り立つだろ」
「ぐぬっ」
「あんたの負け」

里緒がくすっと笑った。

ただでさえ可愛いお顔をしてらっしゃるのに、笑うともっと可愛くて困る。

「里緒、お前、笑顔素敵だな」
「は?キモッ」
「笑った方がいいよ、絶対!」
「……」

笑えと言えば無表情になる天の邪鬼な里緒は、私から視線を外して何か考えるように数秒虚空を見つめる。

その後ゆっくりとまたその顔がこちらに向けられ、その眼鏡のレンズの奥の瞳が私を映した。

そして―――

「……え、」

里緒が。私に。近付いてきている……だと……!?

明らかに今、里緒が私を半径2メートル以内に入れた。

ゆっくり接近してきて、私に向かって手を伸ばし―――って、オイ。

折角里緒から近付いてきてもらったにも関わらず、私の方から逃げる形となってしまった。

だって。

「里緒、お前……どこ触ろうとしてんだよ」

胸を。こいつ明らかに胸を触ろうとした。

「何で逃げる?」
「いや、そりゃ……こえーよ、急に触ろうとしてきたら」
「あんたが本当に優香じゃないのか確かめたい」
「……誰だよ、優香って。オレは男だ」
「だから、男かどうか確かめたいって言ってるんだ」

小ぶりな胸だから見た目では分からないとはいえ、さすがにがっつり触られたらバレる。

……どうにか、どうにか切り抜けなければ。

ジャ、ジャ、ジャ、ジャーン!ジャジャジャジャーン!と私の端末の着信音が鳴り、あまりの音量に里緒がびくっとして手を引っ込める。

その隙に距離を置き、端末を耳に当てた。

「ん、はい、もしもし!え、練習?分かった、すぐ行くわ」

通話の相手は誰でもない。能力で端末の着信音を強制的に鳴らして、私が一人で喋ってるだけだ。

あたかも誰かとの通話が終わったかのように画面を閉じ、端末をポケットに入れて里緒を振り返る。

「ちょっとEランクのパフォーマンスの練習あるらしいから寮に戻るわ!じゃあな!」

急いでる風に走ってAランク寮を出る。

里緒、あの男、レディーのムッネを触ろうとするなんて、私がほんとに女の子だったらどうするつもりなんだ!ほんとに女の子なんだけど!

あの様子だとまたこっちの性別探ってきそうだなぁ……一緒に銭湯行った時に性別への疑いは晴らしたつもりだったんだけど。

はぁ~、何か対策考えなきゃなぁ。いや、その前にまずはご飯だ。ご飯食べなきゃ頭働かない。食べ過ぎても眠くなるけど。

今日はこの後小雪と一緒に晩ご飯食べる約束がある。

約束の時刻までちょっと時間があるが、早めに向かうことにした。



―――この時、私は知らなかったのだ。

「……そういうことか」

私が寮を出た後、里緒がぽつりとそう呟いたことを。




< 151 / 252 >

この作品をシェア

pagetop