深を知る雨
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『イラッシャイマセ』
私を迎えてくれたのは、小雪ではなく小雪の部屋のロボット。
いらっしゃいませって、店じゃないんだから……と苦笑いしながらも、ロボットに促されるまま小雪の部屋に入る。
相変わらず綺麗に片付けられた部屋だ。最近は雪乃が来ることも多いようで、雪乃の私物らしき物がちらほら置いてある。
以前まで殆ど生活感の無かったこの部屋も、少しだけ明るくなった。そのことを嬉しく感じる。
椅子に座ろうと部屋の奥に進んだ私は、―――ふとテーブルの上に置かれた白い紙の存在に気付いた。
ざわ、と胸騒ぎ。
単なる書き置きにしては文字の量の多いそれを、恐る恐る手にした。
“哀へ”―――私宛、だ。
“俺はこの8年、紺野芳孝の道具として使われてた”
“哀と出会ってからも、何度か紺野芳孝の無茶な要求を飲んできた”
“だけど、哀のことを拷問しろって言われて、それだけは本当に無理だと思った”
“この数日、何度も何度も交渉して、それだけはやめてほしいって頼んだけど、やっぱり無理だった”
“もう堪えられなくなっちゃった”
“雪乃には、身勝手に手を出して身勝手にいなくなってごめんって伝えておいてほしい”
“受け入れてくれて嬉しかったとも伝えておいてほしい”
“この手紙を読み終えたら俺のことは忘れてね”
“半年とちょっとの間だったけど、哀と出会えて、俺の醜い部分を受け入れてくれる人間と出会えて幸せだった”
“こんな形の別れになってごめん”
“俺は今日、紺野芳孝を殺そうと思う”
細くて綺麗な字で書かれたそれは、私への別れのメッセージだった。
「……小雪がまだ部屋にいたのはどれくらい前?」
『一時間前デス』
―――一時間。人を殺すには十分過ぎる時間だ。
……ああ、そっか。このメッセージを読ませたくて、わざわざいつもより遅い時刻に私と約束したんだ。
私がこのメッセージを読む頃に、自分は既に紺野司令官を殺して、捕まっているように。
凄いね、正解だよ、小雪。
だって直接こんなこと言われたら、私は持ってる能力全部晒してでも小雪を止めるもん。
ほんと、うまくやってくれたね。
……ああ、もう、何やってんだ、私は。
小雪が最近辛そうにしてることは分かってたじゃないか。
小雪が頼ってくるのを待とうと思ってた。
だけど、もう、無理だ。
もうやめた。待つのはやめた。
あの人は、私や雪乃のためならいくらでも自分を犠牲にする人間なのだ。
―――この施設の、超能力部隊のための諸々があるエリアと、一般部隊の諸々があるエリアの間に、比較的広い建物がある。
この軍事施設の中央統括所――上層部の連中が滞在している建物だ。
私も入ったことはない。
「……殴り込んでやる」
手元にある白い紙を、破り捨てた。