深を知る雨


「―――――おい!何許可証持ってない奴入れてんだ!」
「す、すみません!それが、セキュリティが何故か反応しなくて……!」
「そこの隊員、止まれ!この建物には許可された人間しか入れない。……おい、聞いてるのか!」


つかつかつかつかつか。

つかつかつかつかつか。

つかつかつかつかつか。


「お前もお前だ!ちゃんとチェックしてから入れろ!機械に不備があった時のための見張りだろうが!」
「す、すみません!ちゃんと止めますから……」


つか、つか、つか。


私の前に、入り口で見た一人の女性が立ちはだかる。

紺野司令官の部屋は、もう目の前なのに。

「退いてください。あなたではなく紺野司令官に用があるんです」
「紺野司令官と面会したい場合はまず事前に許可を取る必要がありまして、」
「でもこの奥にいるんですよね?」
「大変お忙しい方でありまして、」
「でも、この奥に、いるんですよね?」
「ですから紺野司令官は……、」
「――――さっさと退けって言ってんだよ。殺されたい?」

びくっと震えた女性を少し強い力で押し退け、二重に掛けられたスマートロックを無理矢理解除し、司令官室へ入っていく。

……ここ、能力抑制電波が使用されてるな。

私の能力なら潜り抜けられるけど、小雪の能力の殆どはろくに使えないだろう。

できるだけ心を落ち着かせて部屋に足を踏み入れると、その広い部屋の片隅に、傷だらけの二人が立っていた。

「……ッ、哀……?」

……ああ、よかった、まだ殺してない。

多分小雪は能力を使って殺そうとしたんだろうけど、この部屋で能力が使えないおかげで、素手で殴り合ってただけみたいだ。

紺野司令官の方は殴られたせいか口が切れてるけど、小雪の方も結構殴られてる。

Sランクレベルの治癒能力もこの部屋ではあまり効果を発揮できないらしい。

素手でも人は殺せる。紺野司令官、あなたが強い人で良かったよ。おかげで小雪が殺人犯にならずに済んだ。

紺野司令官はいきなり入ってきた私を凝視している。その顔が可笑しくて、思わずふっと笑ってしまった。

「初対面なのに、そんなにじろじろ見ないでくださいよ」
「いや、失礼。君に似た女性を知っているものでね。君は……どうやってここに入ったんだ?」
「哀……何で来たの。危ないよ」
「少し外でお話しませんか、紺野司令官」
「哀!」
「小雪は黙ってて!」

私が怒鳴ると、小雪は迫力に負けたかのようにぐっと口ごもる。

……私怒ってるんだぞ。雪乃にはこのこと言ってないけど、言うつもりもないけど、雪乃の分も怒ってるんだぞ。

「僕に何の話があると言うのかな?」

楽しい時間を邪魔されたと感じているのか、紺野司令官は少し不機嫌そうな声を出す。

ああ、こんな近くで見たの初めてだけどこの人もう雰囲気からやばいな。怪しい色気っていうか、何かもうオーラだけで関わっちゃいけないと思わせてくる感じ。

「……それは外でお話します。付いてきてください」
「僕も暇じゃないんだがね」

若い男をいたぶって遊んでる暇はあるのにか。

「小雪」
「…な、に」
「オレと紺野司令官を瞬間移動で近くのグラウンドまで飛ばせ。能力抑制電波は今切ったから」
「……え?」
「早くしろ」
「何するつもりなの、」
「オレを信じろ。大丈夫だから」
「……」
「オレはお前に守ってもらわなきゃいけない程弱くない。自惚れんな」
「……」
「小雪は部屋で待ってりゃいい。オレまだ晩ご飯食ってねーから、美味しいご飯用意して待ってて」
「……」
「もう一度言う。――オレを信じろ」
「………男前過ぎるよ、哀」

泣きそうな顔で笑った小雪を見た次の瞬間、周囲の景色が一変した。

今はもうあまり使われていないグラウンド。辺りはもう真っ暗だが、他の建物の光や、オレンジ色の明かりだけが私たちを照らす。

「オレを拷問させようとしたそうですね」

寒く感じるのは、気温が低いからというだけではない。

紺野司令官の纏う雰囲気は、嫌に不気味だ。



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