深を知る雨



 《20:10 屋上》小雪side


哀には部屋で待っていろと言われたが、こんな時に一人で部屋で待っていられるわけがない。

哀が何をするつもりなのか分からない状態では落ち着いていられず、哀は怒るかもしれないけど、屋上から二人の様子を観察した。

あのクソ野郎が少しでも哀を怪我させたらすぐ治せるように。


しかし、そこで見たのは信じられない光景だった。

哀の周りには、巨大なロボットが5体いる。二人の会話は全く聞こえないけど、多分あれは哀が持ってきたものだ。

……どうやって?



「あーあ。内緒で超能力部隊に入ったって言ってたくせに、いいのかねェ、能力晒して」

不意に後ろから声がした。振り返れば、セミロングの金髪をした、まだ10代であろう男の子がこちらに歩いてきていた。

……誰だ?

いつの間にそこに。ドアが開いた音はしなかった。……空から、来たのか?

「なァ、鈴があんなことしてんのってお前が関係すんの?」
「……“鈴”?」
「あー、こっちじゃ哀って名乗ってるんだっけェ?ま、どっちでもいいや、どーせ両方偽名だし」
「哀の知り合いなの?」
「あっれーボクの質問には答えてくんねーのォ?」
「哀は……何者なの」

根拠はない。

でも、この子なら何か知っている気がして質問をした。

しかし、

「あれはボクらのお偉いさん」

男の子が口角を上げて返してきたのは、こちらを混乱させるような答えだった。

“ボクら”って、誰だ。

「さて、こっちは答えたんだからそっちも答えてよね。もう1度聞くけどォ、鈴がこの軍事施設であんな派手に能力使ってまで守ろうとしてんのって、お前?」
「……そうだよ?」

確かに、哀が今俺のために動いてくれているのは事実だ。

いっつも、助けられっぱなしだ、哀には。

「――――…ムカつく」

男の子の声が急に低くなったかと思えば―――

……斧?

男の子が引き摺らせながら持ってきているのは、斧だった。

一体いつそんなものを……さっきまでそんな武器なんて。

「どーれが1番切れっかなァ」

次の瞬間、男の子のもう一方の手から刀が現れた。

「一発で殺せる武器もあんだけどォ、あっさり死なれても面白くないんだよね」

かと思えばその刀が消え、別の刀が出てくる。

男の子はその刀をじろじろ見た後、「うん、これでいーや」と頷いた。

「まずはイイ感じの悲鳴を聞かせて、ねっ!」

―――俺の瞬間移動能力には弱点がある。

それは、自分を移動させられないこと。

「っ、」

攻撃をモロに食らってしまった。

瞬時に治癒能力で傷を治し、男の子の手元にある刀を別の場所へ瞬間移動させた―――が。

次の瞬間、男の子の手元には別の刀があった。

―――何だ?この子の能力か?次から次へと、どこから武器が出てきてる?

「逃げてばっかじゃつまんねェからさ、もっと反撃してきてよ」

動きで分かる。この男の子は戦闘慣れしてる。

少年兵?どのランクだ?

俺は確かに周りを見てないけど、金髪なんて目立つ髪色をした子がいればさすがに記憶に残るはずだ。

……もしかして、超能力部隊の人間ではないのか?

この屋上は瞬間移動させられる物がろくに無い。

本人を飛ばすしかない。

でもどこへ?

この何者かも分からない危険人物をどこへ移動させればいい?

「ボク日本にいる時の鈴は嫌いだな。友達なんか作って遊んじゃってさァ。いつからそんな甘いやつになっちゃったんだか」

言いながら、また刀でこちらに攻撃してこようとする。

咄嗟にさっき瞬間移動させた刀を瞬間移動させ自分の手元に持ってきて、刀を刀で受け止めた。

「それとも戦力になるからってだけで友達やってんのかな?そうだとしたら、ボクがお前を倒せばお前がろくな戦力にならないって証明できて、鈴はお前から離れんのかな?」

よく分からないけど、多分この男の子が持ってる武器をいくら瞬間移動させても無駄だ。

いくらでもまた新しい武器を出してくる気がする。

しかも出すのに1秒も掛かってない。

攻撃を防ぐために武器を瞬間移動させてもすぐに新しいものが出てくるのだから、瞬間移動させられていないのと同じだ。

「守ろうとしてる相手がボクに殺されたら、鈴はどんな顔するんだろうねェ?怒る?悲しむ?それとも襲いかかってくるかなァ?」

刀と刀がぶつかり合う。

結構な力でこちらを押してきているのに、息が乱れていないところに男の子の強さを感じた。

哀から目を離したくないってのに、こんな時に限って何なんだ。

男の子の刀を力尽で弾き飛ばし、斧を持っている方の手に斬りかかる。

指を切り落としてしまえば武器は使えないはず―――と思った、のだが。

男の子の手の付近に切っ先が向かった次の瞬間、刀が男の子の体内へと消えた。

「……っな、」
「残念でしたァ」

にや、と笑った男の子の目に嗜虐的な色が光る。

刹那、斧が横腹を攻撃してきて、その衝撃で床に倒れ込んだ。

「……ッ、は、あ、……」

―――こんな攻撃、普通の人間相手にやったら確実に死ぬ。

この子は本気で俺を殺しにかかってるんだ。

「あ~あ、オニーサンもうすぐ死んじゃうね」
「……、」
「最初攻撃した時のあれ、治癒能力だよねェ?今は使わないってことは、そのレベルの深手は治せないってことかな?」
「……」
「鈴どんな顔で怒るかな」
「……」
「案外どうでも良さそうにしたりしてねェ」
「……」
「それはそれでウケるかも」
「……」
「……あれ、もう死んじゃった?つまんないの」

男の子はじっと俺の様子を見ていたようだが、暫くして離れていく気配がした。

薄目を開けて男の子の背中を目で追うと、男の子が鷲の姿になって空へと飛んでいくのが見えた。

獣化能力?それに、さっき武器を出したり消したりしていたのは、瞬間移動能力に似ていたがおそらく収容能力だろう。……多重能力者か。


俺は鷲の姿が見えなくなったのを確認してから、ゆっくりと立ち上がった。

―――治せないわけじゃない、治さなかったのだ。

死んだふりをすれば去るだろうと思った。


内側からは傷の回復を進めていたが、見かけ上は本当に深手を負っているようだっただろう。

さすがに向こうも俺がSランクレベルの治癒能力を持っているなんて考えなかったみたいだ。

俺の治癒能力について知っているのは、雪乃含む親族と紺野芳孝、哀くらいだし。



< 157 / 331 >

この作品をシェア

pagetop