深を知る雨


 《8:00 軍事施設》小雪side


人目に付かない場所にあるベンチに座ってシガレットケースを取り出し、一服しようとしていた時だった。

「やぁ小雪くん。一人かい」

紺野芳孝がいつもの如く気配無く現れ、話し掛けてきたのは。

殺そうとしていた相手を改めて見るというのは、何だか妙な気分だ。

「あんたこんな所にいていいんですか?」

紺野芳孝は愉しげに笑いながら俺の持つシガレットケースから煙草を1本勝手に取り、俺の隣に腰を掛ける。

「そんな怖い顔をしないでくれよ。僕はもう君で遊んだりはしない。もっと面白い玩具を見つけたからね」
「面白い玩具って……、まさか、哀のことですか」
「そう心配するな。彼女のことを君のように扱ったりはしないさ。何せ、戦友の妹だからね」

……“彼女”?“妹”?

「……気付いたんですか、哀の性別」
「気付かないはずがないだろう。僕も君と同じで空間把握ができる。それに、彼女の外見はあまりに姉に似ていた。最初見た時は目を疑ったね」
「哀のお姉さんは、軍人だったんですか」
「あぁ。僕がこの世でただ一人、何においても勝てないと思った女だ」

紺野芳孝は昔から有名なレトロな見た目のオイルライターで煙草に火をつけ、白い息を吐き出す。

「僕はね。嬉しいんだよ、小雪くん」
「はあ……」
「妹がいることは知っていた。だが、まさか、あそこまで姉と同じ能力を使いこなせているとは思わなかった」

哀はEランクレベルの読心能力、精神感応能力を持っている、と俺は聞いた。

でもここに来て確信した。哀は他にも能力を持っているのだと。

「5体の巨大なロボットを悠々と操作する姿を見て、まるで戦友をもう一度この目で見ているかのような気分になった。戦友の亡霊にさえ見えた」
「……亡くなってるんですか、哀の姉は」
「彼女には、戦時中も交際していた男が複数人いてね。その中の一人が敵国の重要人で、彼女はその男に騙された挙げ句自身の管理していた情報を与えてしまった。責任を感じた彼女は、攻撃型の能力でもないのに自ら望んで前線で戦って死んだ。……と、言われている。どこまで事実かは分からない。僕はその場に居合わせていなかったんでね」
「聞いたことがあります、その話。敵国の男に恋をして情報を与えてしまった女性がいたって……。じゃあ哀のお姉さんが、超能力部隊が女性禁制になった原因なんですか?」
「死刑にならなかった上層部が敗戦を素直に受け入れられず言い出したことだ。“女性は感情に流されやすい、女性を超能力部隊のエースにしていたから戦争に負けたんだ”とね。……ところで君は、何故今日は千端哀といない?いつもべったりだったじゃないか」
「……」
「喧嘩でもしたか?」
「……」
「っはは、そうか、喧嘩か。友人と喧嘩をするほど“普通の人間”なんだな。千端哀は」

ククッとまた笑った紺野芳孝は、オイルライターをカチカチ開け閉めして少し遊んだ後、煙草の火を消して立ち上がる。

「美味しかったよ、ありがとう」

そう言って去っていった紺野芳孝の目には―――もう俺に対する興味の色が微塵も無かった。



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