深を知る雨
《20:00 Sランク寮》
パフォーマンスの練習が終わり、疲れた体でいつものように泰久たちに1日の報告をしに行った夜。
私はSランク寮に声を響き渡らせることとなった。
「しょっ……食事の約束をしたぁ!?」
「あぁ。何か問題が?」
なんと、泰久が麻里と食事の約束をしたと言うのだ。
「デートじゃん!?それデートじゃん!?」
「デートではない。食事だ」
「……い、いつ?いつ会うの?」
「これから」
「これからぁ!?」
驚きすぎて後ろに倒れそうになった。
麻里は肉食だ!絶対肉食だ!
誘ってんのが晩ご飯ってところに下心を感じるよね!そのままホテル行こうって魂胆なんだろ!?私もよくやる!
……でも絶対この鈍感男は麻里の下心になんて微塵も気付いてないんだろうな~麻里が巧みに誘って断れなくしたんだろうな~あの手の女の子ってそういうの得意だもんな~。
いや、泰久だって断る時ははっきり断るし、麻里に押し倒されたとしてもそれは押し退けるだろうから、その辺は心配ないんだけども。
何か、何だろうこの気持ち。
昔お姉ちゃんと泰久が食事に出掛ける時に感じた嫉妬と今感じてる嫉妬とでは、ちょっと種類が違う気がする。
麻里と泰久が向かい合って食事……二人で……しかも片方はバリバリの下心有り……。
想像しただけで不安になってきて、頑是無い子供のように後ろから抱きついた。
「……何だ」
「行ーかーなーいーでー!!」
――最終奥義、駄々をこねる。
「泰久私のだもん」
「……俺はお前に所有されているのか?」
困惑した声を出すが、私の腕から逃れようとしないことにほっとした。
よし、もう一息。
「行かないで!行かないで行かないで!」
「しかし部隊のことで相談があるという話で……」
それは罠だ!何も今日話したばっかの泰久に相談しなくていいじゃん!
「離さないから!泰久が行こうとするなら私ずっとこのままでいる!」
「くっつき虫かお前は?そんなに言うなら分かった。瀬戸川には今日は行けないと連絡する」
「今日はじゃだめ!ずっと行っちゃだめ!」
「……あぁ、そういうことか」
いつも鈍感な泰久はこういう時だけ謎の理解力を発揮して、
「ヤキモチやきだな、お前は」
気付いてほしくないことに気付いてしまう。
「そ、そんなことない!」
「お前がそんなに妬くなら瀬戸川とは出掛けないようにしよう」
「うええ!?」
「その分お前と出掛ける。それで文句はないだろう?」
「そ、それもどうだろう!何か束縛してるみたいでやだ!」
「別に不自由だとは感じない」
「それもどうだろうか!」
「お前を優先するのは当然だろう」
不意をつかれた気分になって、思わず泰久にしがみつく腕の力が弛んだところで、泰久がするりと私から逃れていく。
こちらを振り向いたその顔は、本当に私を優先するのが当たり前って感じの顔で、もうなんて言っていいのか分からなくなりとりあえず溢れた想いを口にする。
「す、好き」
「知ってる」
可笑しそうに笑う泰久に胸がぎゅんぎゅんした。
分かっててくれてるんだ……ううううう嬉しい。
嬉しすぎて言葉が出ない私を置いて、泰久は着替えと麻里への連絡のためか部屋に戻っていく。
「……良かったですね」
私はあまりにニヤニヤしていたらしく、隣の一也が呆れ声で言ってくる。
「う、うん。でもあれ、いいのかなぁ!?何か妹ポジション利用して勝っちゃった感じ!」
「何を利用しようと奪ったもん勝ちですよ、こういうのは。それに、ちゃんと泰久様の顔見てました?泰久様は嬉しいんですよ。やきもち妬いてもらえて」
「……何で?やきもちって普通嫌じゃないの?」
「最近哀花様は泰久様離れしてきてますからねぇ。気にしてもらえて嬉しいんじゃないですか」
泰久離れって何……そんな親離れみたいな……。
別に泰久とはよく話してるし、離れてるとは思わないんだけどなぁ?
「……僕だって少し、寂しいですよ」
一也がぼそりと何か言ったが、多分またいつもの独り言だろうから放っておいた。