深を知る雨
誰かの話
《21:00 軍事施設》
男はベンチに腰を掛け、待ち合わせしている女を待っていた。
女は今夜元々あった予定をキャンセルされたらしく、本来ならばミッドナイトにしていた約束の時刻を3時間早めてきたのだ。
「久し振りねぇ、相模くん」
暗闇の中金髪の女性が現れ、男の座るベンチの反対側に背中合わせになるようにして座る。
以前からの知り合いではあるが、隣に座る程の関係でもない。
「わたしの端末は育成所の検閲が入るようになっちゃったからぁ、重要事項は直接伝えなきゃダメになっちゃったのよねぇ」
「そうか」
「悪い知らせしか無いけどぉ、聞きたい?」
「前置きはええねん、はよ言え。何かあったんやろ」
「タイムリミットが短くなったわぁ。奴等、2日後に計画を再開するみたいよぉ?」
「―――…」
「今から1日で作戦立てて、2日後の夜までに潰しに掛からなきゃダメねぇ。っていうか、相模くんも少しは予想してたんでしょ?パレードの練習全然参加してないみたいじゃなぁい?まるで自分がパレードに参加できないことを知ってたみたいに」
「パレードまでには動き出すと思てた。でも、ここまで早まるのは想定外や」
「そ。ま、頑張ってねぇ?一応言っとくけど、相模くん一人じゃ侵入することすら難しいわよぉ?相模くんが育成所を出てからもう何年も経ってるし、セキュリティだって昔のままじゃないわぁ。顔認証と歩容認証があって正面から入ろうとしても扉が開かないし、登録されてる人間でもないのに無理に入れば即射殺。しかも射殺してくるのはプログラムされたロボット」
「……突破方法まで1日で考えなあかんのか」
「そう、本来ならねぇ。でもぉ、今回は優秀なこのわたしが、入り口のセキュリティを相模くんでも入れるように細工したわぁ。感謝なさぁい」
「……何をした?」
「セキュリティを管理してる男を少しえっちな方法で説得しただけよぉ。わたしの色仕掛けに引っ掛からない男なんてあの育成所にいないもの。幸い相模くんの登録情報はまだ残ってたしぃ、入り口だけは突破できるわぁ。わ・た・し・の・お・か・げ・で・ね」
「なら最初からそう言えや」
「あらあら、女の子の長話を嫌う男はモテないわよぉ?……ま、わたしに出来ることは精々このくらい。後は任せたわぁ。これ以上妙な動きしたら勘づかれる可能性もあるしねぇ。相模くんと一緒に刑務所行きなんて御免よ」
定期的に男に育成所の様子を報告していた女はこれで役目は終わりだと立ち上がり、この男に会うのはこれで最後か、とふと感じて振り返る。
思えば長い付き合いだった。
男が成功する確率は低い。
この男は、これから殺されに行くようなものだ。
仮に成功したとしても、まず間違いなくこの男は捕まる。この男の未来はなくなる。
女は暫く男の真っ黒な髪を見ていたが、「健闘を祈るわぁ」とだけ言い残し、前を向いて歩き出す。
残された男は、寒空の下白い息を吐き、目を閉じて―――覚悟を決めた。
「……悪いな、チビ。手伝うんはもう無理や」
男の独白を知る者は、いない。