深を知る雨
遊はその日、麻里に連れられて初めて西館へと足を踏み入れた。
渡り廊下を通って東館へ近付くにつれて、独特の汚臭がした。
当然警備員がいたが、どうやら麻里の能力で2人は他者から見えていないらしく、あっさりと通り過ぎることができた。
西館は東館に比べやけに静かだった。
東館と同様にいくつも部屋があり、中に人がいるはずなのに、誰もいないかのように静かだった。
誰もが誰かに脅えているような空気だと遊は思った。
暫く進むと、東館には無いガラス張りの部屋があった。
中には天井の高い大きな空間が広がっていて、ぽつりぽつりと数人の子供が点在していた。
遊はその子供たちの様子が可笑しいことに気付き立ち止まる。
見た目は普通の子供だ。しかし何かが違う。
「ここって入れるんか?」
「入ってどうするのよぉ」
「あいつらを見たい」
「……ふぅん。ま、少しの間ならいいわよぉ。この部屋に入るとわたしの能力は効かなくなるけどぉ、ここだけなら監視カメラもついてないし誰か来ない限りは問題ないわぁ」
遊は扉を開けて広い空間へ入った。
能力抑制電波が使用されているようで、子供たちの心を読もうとしても上手く読めない。
麻里は入り口付近で壁に背中を預けて遊の様子を眺めた。
遊は静かに近付いたつもりだったが、子供たちは思いの外早く遊の存在に気付いた。
子供たちは遊に駆け寄り、ぴょんぴょん跳ねた。
「相模遊!相模遊!あはは!」
「あはは!あはははは!」
何が面白いのかヘラヘラと笑う子供たちを見て、遊は彼らの異常性を再確認する。
子供たちは遊の顔を知っていた。
CランクからAランクになった能力者だと、彼を見習えと、育成所の職員から教えられていたからだ。
「……ここは、何をする場所なん」
会話になるかどうか分からないまま、遊は子供たちに問い掛けた。
「言うことを聞いていれば無敵になれるんです……」
「おにーちゃんAランクなんよねえ……?」
「すごいわあ……おれもはよそうなりたいわあ……」
自分の妹と同じくらいの歳の子供たちが、虚ろな目をして笑いながら見上げてくる。
唇はカサカサで、痩せこけていて、よだれを垂れ流していて、髪もボサボサで、汚れた顔をしている。
遊は一瞬、子供たちの顔が妹の顔に見えた。
「……お前ら、目ぇ覚ませや……」
子供の肩を掴んで揺らすが、その目の焦点が合うことは無い。
「無駄よぉ。薬漬けにされたうえできっちり洗脳されてるわぁ」
後ろにいる麻里は、腕を組んでその様子を薄ら笑いしながら眺めている。
「早く出なさぁい。この子たちを見たことがバレたら、あなたもこうなるわよぉ?」
麻里の透明化能力が有効ではない状態で長時間留まるのは危ないと感じ、遊は大人しく外へ出た。