深を知る雨
「あいつらは……何であんな状態にさせられとるん」
「“何で”?バカな質問ねぇ。見込みがないからに決まってるじゃなーい?この育成所の連中は、あの子たちを使って薬物と超能力との関係性を調べようとしてるのよぉ。事実国の調査によると、薬物中毒者の中には、著しい超能力の伸びがあった人も過去に何人かいるみたいだしねぇ」
「……人間やぞ?相手は。使い捨ての道具ちゃうねんぞ」
「ここの連中にとってわたし達なんて好き勝手に扱っていい実験動物よぉ。だからこういう施設ってねぇ、入るより出る方がずぅっと難しいのよぉ?」
麻里は歩き始める。同じようなガラス張りの部屋がいくつも並んでいた。
ある部屋には、同じ顔、同じ体格の人間が数人。
ある部屋には、手足が獣のような人間が数人。
ある部屋には、腕の数が3本ある人間が数人。
ある部屋には、顔のパーツのない人間が数人。
遊は麻里に付いて廊下を歩きながら、自分がこれまで見てきた世界、これまで恐ろしいと感じていた人間の姿が、まだ綺麗なものであったことを思い知る。
遊は人間の醜さをもう十分知っているつもりでいた。
なのに、西館の有り様を見て、それまで自分は随分と美しい世界で生きてきたように思った。
「何か気付いたぁ?」
「……展示品やな、まるで」
「ふふ、鋭い男は好きよぉ?その通り。このゾーンにいる子供たちは余所から来た研究者に向けた展示品」
遊は同じ育成所にいながら離れて過ごす杏のことを思い浮かべてゾッとした。
自分の知らない間に、杏がどんなことをされているか分からない。
もしかしたら、既にこの子供たちと同じような状態にさせられているかもしれない―――。
表情から考えていることを察したのか、麻里は楽しげに笑う。
「あなたの妹はまだいいじゃなぁい。出来損ないでも捨てられてないんだから」
「……お前、何か知っとるんか」
「あなたの妹のことぉ?そりゃ知ってるわよぉ、他のEランク能力者とは違って一人だけ厚遇受けてるんだから。おにーちゃんが優秀だから、その妹の方にも見込みあるって思われてんのかしらぁ?……ま、頭の方はもう壊れてるみたいだけどねぇ」
遊はくすっと馬鹿にしたように笑う麻里の襟を掴み、そのまま壁に叩き付けた。
「お前、さっきから……何で笑ってられんねん」
「痛いわねぇ。折角連れてきてあげてるのに何よその態度ぉ?」
「この有り様見て何も思わんのか?お前は」
「だってもう見慣れてるんだもの。笑うしかないじゃない、あんな状態の子供毎日見せられたら。自分もいつあんな風にされちゃうか分からないのよぉ?」
麻里は怒りを抑えきれないといった様子の遊を冷静な目で見つめた。
麻里も最初は遊と同じだった。育成所の連中が許せなかったし、子供たちを見て冷静さを失った。
さいたまの育成所から移った時、本部である神戸ではこんなことが行われているのかと絶句した。
最初は子供たちを救おうともがいたが、ある時麻里はどうしようもないことに気付き、今ではもう諦めている。
能力者育成所は大きな組織で、資金があり、国民からの信頼も厚い。小娘一人が足掻こうが状況は変わらない。
「残念だけど、妹さんのいる部屋へはセキュリティが厳しくて行けないわ。でも、何をされようとしているのかなら知ってるわよぉ?……教えてほしかったらその手を離すことねぇ。頼み事をする態度ってもんを知らないのかしらぁ?」
麻里は遊を見ると、過去の自分を見ているようで苛つくのだ。
Aランクと言えど自分と同じ無力な子供であると感じ、やはりこの状況を打破する方法はないのだと改めて思い知る。
どこへ向けていいのか分からない怒りを抑えてはいるものの、多少冷たい対応にはなる。
遊から解放された麻里は、襟の皺を整えながら追い討ちをかけるかのように杏のこの育成所での役目を伝えた。
「妹さんの体に線を繋ぎ、特殊な能力刺激を与え続けて、あなたの妹さんを人工のSランクにするってのが育成所側の狙い。刺激を与えて5年、その後5年休ませて、2年また線で繋いで、3年休ませ、3ヶ月また線で繋げばSランクが完成するらしいわよぉ?彼らの計算では。ま、例えSランクになろうとそこまで行けばもう人間じゃなくなってるでしょうけどねぇ」
遊は麻里の心を読み、それが嘘でないことを確認して拳をぎゅっと握り締める。
もう線は繋がれているのだ。止めようがない。
「……それのどこが、厚遇やねん」
遊は重苦しい溜め息を吐き、頭を押さえて首を振った。
あまりに予想外だった。この育成所は外に対し自分達を良いようにアピールし、卒業した能力者たちによる“素晴らしい育成所だった”というような内容のコメントまで載せていた。
この育成所に対する世間のイメージは、優秀な能力者を輩出する素晴らしい教育機関といったところだろう。