深を知る雨
何故誰も疑わないのか。
人間は嘘にまみれているのに。
どうして自分は両親に勧められた時拒否しなかったのか。
人間が嘘にまみれていることを知っていたというのに。
「厚遇よぉ、十分。ちゃんと壊してくれてるんだから。わたしだって、いっそ壊れたいわぁ」
遊はハッとして顔を上げた。
そうだ、彼女も西館の住人なのだ。
何もされていないはずがない。
「あなたも知ってるでしょお?危険な目に遭った時、能力が暴走して高レベルになる場合があるってこと。ここの連中の中には、児童への性的虐待で能力を伸ばそうとしてる奴もいるわぁ」
「……、」
「あぁ、そんな顔しないで?わたしそういう目大っ嫌い。“可哀想な者を見る目”って言うのかしらぁ?わたしが可哀想かどうかはわたしが決めるわ。あなたに決めつけられたくない」
遊は自分と同じくらいの年齢であろう麻里の華奢な体を見て、自分が麻里の立場なら正気を保てないと思った。
彼女はこの育成所で何を見て、何を感じ、何を知って今まで生活してきたのだろう。
東館に住んでいる自分は、西館の人間のことなど少しも考えず、のうのうと暮らしてきたのだ。
「なぁ麻里」
「何よぉ?」
「協力せえ。ここまで来たら全部見る。ちゃんと見な気が済まん。……妹の、ことも」
「セキュリティを突破するってことぉ?ま、優秀なあなたとわたしが組めば不可能ではないと思うけどぉ、あまりオススメはしないわねぇ。目も当てられない状態だろうしぃ」
「それでも見たい。もう、何も知らんとおるんは嫌や」
その言葉が予想外だった麻里は瞠目した。
麻里の知る人間は、大抵の場合見たくないものから目を逸らす。見ない方が楽だからだ。
しかし遊は違った。どれだけ酷い状態かも分からない自分の妹を見たいと言うのだ。
「……ふん、ま、いいんじゃなぁい?」
この時、麻里はこの育成所に来て初めて愉快な気持ちになったのだった。