深を知る雨
◆
杏が管理されている部屋には、いくつものカメラが仕掛けられているうえ、能力抑制電波が使用されていた。
麻里は能力を使えるギリギリのところまで行き、そこで立ち止まる。
「残念だけど、ここから先は無理ね。能力抑制電波が使用されてるから、わたしの能力は効かないわぁ。……ってちょっとぉ、まさか行く気なのぉ?」
「お前はそこで待っとけ」
「言われなくても行かないわよぉ。っていうか、分かってんのぉ?バッチリ監視カメラに映っちゃうことになんのよぉ?」
麻里の制止も聞かず、遊はずんずんと奥へ入っていく。
(……あーもー、どうなったって知らないわぁ。わたしは関係ない)
麻里は溜め息を吐き、遊を見捨てることにした。
ギー、ギュイン、ギー、ギュイン、ギー、ギュイン……規則的な機械音が鳴る。
うるさい場所だと遊は思った。
奥へ進むと中央に椅子があり、そこに“何か”が存在していた。
自分と同じ質の真っ黒な黒髪。
体のあらゆる箇所に穴を開けて繋げられた線。
体の大部分に埋め込まれた人工臓器。
開けられっぱなしの口。
手足に付けられた拘束具。
遊には、それが自分の妹であるとすぐに分かった。
「―――ここで何をしとるん?」
「……ッ」
遊が思っていたよりも見つかるのは早かった。
振り向けば、育成所の女職員が遊に銃口を向けていた。
「残念やわ、相模くん。優秀なあんたがこんな所に来てまうなんて。―――あぁ、そっちにおる瀬戸川さんも動かんときよ。言うこと聞かんかったらすぐ殺すで」
そろりそろりと逃げようとしていた麻里は足を止めてチッと舌打ちする。
女職員は機械の点検のために残った者で、会議には参加していなかった。
遊は、万が一の時のために職員の寝室から盗んでおいた拳銃を服の中から取り出す。
「……へぇ、子供にしては準備がええやないの」
「殺されるんはごめんやからな」
いざとなれば他人を殺してでも生き延びる覚悟はできていた。自分はともかく、せめて強引に関わらせた麻里だけはどこかへ逃がさなければならない。
幸い目撃者は1人のようだし、監視カメラの映像は後で入れ替えればいい。
女は悩む。無許可でAランク能力者に対し発砲するのは如何なものかと。
遊は躊躇う。銃など扱ったことがないうえ、人を殺すのは初めてだ。一発で仕留めるために、外さないためにどうすればいいのか分からない。
互いに銃口を向け合い固まっていた――その時だった、
『オ ニイ チャン』
機械音が遊を呼んだのは。
遊は視線だけで隣の杏を見る。
口は動いていない。
どこかのスピーカーから言葉を発しているのだ。
『ケンキュウノ ジャマ シタラ アカンデ』
「………は?」
杏の言葉は、遊にとって到底信じられない内容だった。
『ワタシ ツヨク ナレルンヤデ』
しん、とその場が静まり返る。
遊は呼吸することさえ忘れ、暫く杏を見つめていた。
自分の妹が、薬漬けにされた子供たちと同じようなことを言っているのだ。
それは妹が洗脳されていることを意味していた。