深を知る雨




関東に移されてからも、遊は1日たりとも杏を見た日のことを忘れることは無かった。

眠りの浅い日々が続いた。

遊は早い段階で超能力部隊の軍人となったが、麻里が軍隊に入ったのは戦後――超能力部隊が女性禁制となった後だった。

初恋の人と会うため超能力部隊に入りたかった麻里だが、仕方なく一般部隊に入隊した。

麻里は軍隊に入った後も、定期的に遊と連絡を取り合った。

その内容は―――神戸能力者育成所の現在の様子について。


麻里は回春能力の研究のため定期的に神戸へ通わされていた。

そこで、戦時中の資金不足で杏のSランク化計画が一旦中止されたことや、今後10年以内に再開する目処が立っていることを知った。

それを報告した時遊は何も言わなかったが、数日後麻里に遊から電話が掛かってきた。

『なぁ麻里、俺、杏がSランクになる前にあの育成所潰すわ』
「……はぁ!?ふざけてんのぉ?」
『ふざけとらん。大真面目や。誰にも頼れらんのやったら自分でやるしかないやろ』

誰にも頼れない、というのは事実だった。

神戸能力者育成所のことをどれだけ訴えても、その問題か表に出ることはなかった。

国が隠蔽していることは明らかだ。



麻里には理解できなかった。

自分達は助かったのだからそれでいいじゃないか、というのが麻里の考えだが、妹が育成所にいる遊にとってはそうでないのだろう。

『……せめて、人の形を保っとるうちに、死なせてやりたい』

電話の向こうの遊が泣きそうになっているように聞こえて、麻里はぎょっとした。

「ちょ、ちょっとぉ、何メソメソしてんのよぉ、相模くんらしくないわよぉ?分かった分かった、妹さんの様子を報告するだけでいいならしてあげるわぁ」

はあ、と大きな溜め息を吐き、麻里は眺めていた雑誌を閉じる。

「あとあなたみたいな人間が陥りがちな思考にならないように言っておくけどぉ、妹さんがああなったのはあなたのせいじゃないわよぉ?どー考えても育成所の大人が悪いわぁ」
『励ましとるんか、珍しい』
「めんどくさいのよぉ、あなたみたいな不必要なまでに自責の念に駆られちゃう人ってぇ」

雑誌を棚に仕舞い、10歳の頃二人で集めたセキュリティ解除コードのメモを取り出す。

これがまだ有効かは分からないが、何かの役には立つだろう。

(……相模くんもお人好しねぇ)

おそらく遊がこんなことを言い出したのは、自分の妹のためだけではない。

許せないのだ、何も知らずただ自己の能力を伸ばすために育成所に入った子供たちに、職員があんなことをしていることが。

彼は、妹だけでなく育成所にいる子供たち全員を救おうとしている。


麻里は最初無謀だとも思ったが、何年も掛けて計画を練る遊の姿を見て、奇跡を信じてみたくなった。

万が一、億が一、遊の働きで過去の自分のような子供が救われたら――そう思うと手を貸さずにはいられなかった。

それが成功率の低い、無茶な計画でも。




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