深を知る雨
遊に対し怒っている様子の楓、無表情の薫、そんな二人の様子を伺う里緒。
室内に嫌な空気が漂う。
「……あたし助けに、」
「助けに行く、とか言うんじゃねぇぞ。遊はこの件に俺たちを関わらせたがってねぇんだから、俺たちは関わるべきじゃねぇ」
楓の言葉を遮ったのは薫だった。
「好きにさせてやれ。ここで止めたってあいつの中に後悔が残るだけだ。それに、行ったって俺たちに何ができる?」
薫の言うことはごもっとも。
遊だって馬鹿じゃない。もっと良い方法があればそっちを取るだろう。
それでも育成所の人間を全員殺害するという方法を選んだのだ。
つまりそれが最善。
それ以外に方法が無いってこと。
1番事情を知ってる遊が出した答えだ。
……まぁ、それでも。
「オレ行ってくるわ」
軽く片手を上げた私に、他の3人の視線が集まる。
「……俺の話聞いてたか?」
「聞いてた。聞いたうえで、それでも行くよ」
「くだらねぇ仲間意識で助けに行こうとしてんじゃねぇだろうな?遊がどんな気持ちで俺たちに隠してたか考えてもみろよ」
「薫は優しいね。遊の立場からちゃんと物事を考えてる。……でもオレは、自分のことしか考えられないから。遊をこのまま一人で死なせるのは、“オレが”嫌だ」
「遊と出会ってまだちょっとしか経ってねぇだろうが、お前」
「期間とか関係ねーし」
「半端な気持ちで口出すなっつってんだよ!」
「半端な気持ちじゃない!オレ遊とたなべれすとらん行きたい!だって約束した!また一緒に行きたい!半端無く行きたい!」
私の突然の大声に圧倒されたかのように薫が押し黙る。
「どーして遊の妹使って無理な能力開発なんかしてる奴らのために、遊が苦しまなきゃなんないの!?」
麻里の話を聞いてる時からずっと溜めてた思いを吐き出し、私は外へと走り出た。
遠くに一般部隊の寮へと帰ろうとする麻里の背中が見える。
私は走ってそれを追い掛け、声を出して麻里を止める。
「待って麻里!」
ぜえ、はあ、と何とか呼吸を整えた後、上を向く。
「麻里って、遊の友達なの?」
「ハッ、友達?そんなわけないじゃない、腐れ縁よぉ」
「でも、遊の過去は知ってんだな」
「わたしも元々能力者育成所にいたもの。昔からあいつの手伝いさせられて大変だったわぁ」
「……なぁ、もう1つ聞いていい?」
「何よぉ」
「何で、オレ達に話してくれたの」
麻里は私を冷めた目で見下ろし、ぽつりと言う。
「別にあなた達にどうにかしてほしいとか、そういうことじゃないわぁ。そこまで押し付けたくないもの。……ただ、あなた達が相模くんの友達なら、なんにもできないわたしと違って彼も救ってくれるんじゃないかと思っただけ」
彼“も”。遊が助けようとしている妹や他の犠牲者だけでなく、遊自身も、ということか。
「たった1人で全部背負い込んで子供たちを助けようとしてるあのバカ見てるとぉ、見て見ぬふりしようとしてる自分がバカらしくなってくるのよねぇ」
はあ~と大きな溜め息を吐いて空を見上げる麻里の表情は、どう見たって友達を心配する人の顔だった。
「……麻里。今まで、たった2人でよく頑張ったな」
私は手を伸ばして、麻里の頭をよしよしと撫でた。
「頼ってくれてありがとう」
「……、…」
「もう心配はいらねーよ。あとは全部どうにかするから」
ぽかんとする麻里を置いて、私は再び走り出した。
走りながら外出許可を取り、走りながら遊の端末の位置を確認し、走りながら小雪に非通知で電話した。
「もしもし?私!」
『……哀?』
「あのね。私、今から小雪に頼み事をするね!」
『え?』
「私も、小雪に頼るから。小雪も辛い時は、今度こそ私に頼ってね」
――――さぁ、
救出劇の始まりだ。