深を知る雨
《21:00 神戸》遊side
計画再開予定時刻の2時間前。
俺はオフィスビルや高層マンションの明かりが見える、絶好の夜景スポットと呼ばれる橋の上にいた。
これが最後に見る夜景になるんだろうなんてことを考えると、少し感傷的になってしまう。
薫や楓と過ごした軍での日々は楽しかった。
最近は里緒というメンバーも増えて、もっと賑やかになった。……あのチビが来ると、賑やかどころか騒がしくなったが。
「……もうちょい、一緒におりたかったな」
計画が中止されてから8年。
再開は10年以内だと聞いていたし、麻里から聞く育成所の状況からして、パレードに参加できないであろうとは思っていた。
もうすぐ別れの時であることくらい、ちゃんと分かっていた。覚悟していたつもりだった。
けれど、実際もう会えないとなると、妙に寂しく感じてしまうものだ。
最後の夜景を目に焼き付け、歩き始めたその時―――一台の飛行タクシーが、俺の前に止まった。
飛行タクシーの内部は外から見えない。
どうしてこのタイミングで、一体誰がこんなところに飛行タクシーを停めたのか。
俺は脅えるような気持ちで立ち止まった。
ガタン、と音がして、中から見知った女が出てきた。
……全く意味が分からない。何でここにいる?俺を探しに来たのか?だとしたら何故?
いや、焦るな。
麻里が言わない限り、俺がこれからしようとしていることを知られることはない。
このチビがここにいるのは、恐らく俺が一昨日から帰っていないことを楓辺りから聞いたからだろう。
きっとそれだけだ。まだ誤魔化しようはある。
「……どないしたん、こんなとこまで来て」
俺のしようとしていることを悟られること無く、早めに帰さなければならない。
でないと今までの計画がパアだ。
「遊のこと止めに来た」
「……は?」
……まさかとは思うが、あいつ、喋ったのか?
いや、そんなはずはない。そもそもこのチビと麻里が知り合いであるはずがないのだ。
「止めるって何やねん。俺はただ久々に実家に顔出そうと思てやな、」
「ダウトォォォォォ!全部麻里に聞きましたァ!嘘吐いたって無駄ですぅ~!!」
……やっぱりそうなのか。あいつは時々気紛れなところがあるから困る。
「……ってことは、お前は俺がこれからすることの邪魔をしに来たんやな?」
「うん」
溜め息が出た。おいおい、ここまで来て、突破せなあかんセキュリティがもう1つ増えたぞ。
ほんま、何してくれてんねん麻里。
「一生に一度の頼みや。退いてくれ」
「え、無理」
「……お前は、なんも知らんからそんなことが言えるんや」
あの育成所で、子供達がどんなことをさせられているのか。
それを間近で見れば、きっと俺のしようとしていることを止めようなんて思わない。
何も知らないから、そんな子供みたいな表情で、俺の前に立ちはだかることができるんだ。
「そんなに止めたいんやったら、俺を殺してみぃよ。俺は人を殺す覚悟でここにおる。お前にはその覚悟があるか?」
戦場で軍人として人を殺すんじゃない。
俺はこれから、一般人として一般人を殺す。
それは、この国では罪と呼ぶ。
俺は罪人になるつもりでここへ来た。
その覚悟を、いきなりこんなところに現れたお前に踏みにじられたくない。
「……じゃあ、何であの時私の手首握ったの」
「……は?」
「助けてほしいって思ってたんじゃないの」
ああ、そういえば。
俺はあの時、どこかへ行こうとするチビの手を掴んだ。
「ほんとは人殺しなんかしたくないんじゃないの!?」
「……っ」
「最低な人間の為に遊が人生棒に振る必要ないよ!」
「何もせんとおれっちゅうんか!」
「そんなこと言ってない!自分をもっと大切にしろって言ってんの!!」
俺はその時初めてチビの目を見た。
今にも泣きそうな目をしている。……いやいやいや、何でお前が泣きそうになっとるねん。