深を知る雨



どうしていいか分からなくなった俺に、チビは一歩近付いて問う。

「殺すだけでいいの?そんなことで許せるの?私だったら許せない。―――ねぇ、生かしたままそいつらの人生を終わらせてみたくない?」

あの時と同じだ。月明かりと橋の光がチビを照らして、不気味な雰囲気を醸し出している。

「誰も死んだり捕まったりしない方法で、全部何とかしてあげる」
「……そんなん、できるわけないやろ」
「できるって証明するよ。今から行ってくる」

くるっと踵を返してまた飛行タクシーに乗ろうとするチビの二の腕を思わず掴んだ。

……っのアホは!全然分かってないやないか!どんだけ危険か!

「育成所には理性失っとる能力者が大量におるねんぞ!」
「あぁ、勿論一人で行くんじゃないよ?私は自分の能力を過信したりしない。必要な人材は連れていく」
「……お前は…、…何でいっつも……」
「助けてって言ってみなよ」
「……は?」
「ほらほら、言ってみ?ヘルプミーって」
「はぁ?」
「助けてあげるから」
「……」
「絶対、助けてあげるから」

真っ直ぐな目でそんなことを抜かすチビを見ていると、何だか本当に大丈夫な気がしてきて、思わず足の力が抜け、俺はその場にしゃがみこんだ。

「……何なん、お前。いっつも、何でこういう時に限って俺の前に現れんねん」
「そりゃあ仲間のピンチに駆け付けるスーパーウーマンだからね、私は」

大きな溜め息が出る。


本気だ。

この女、本気だ。

本気でどうにかしようとしてやがる。

俺が何年も何年も計画を練ってから潰しに掛かろうとしていた育成所を、事情を知ったその日に突撃しようとしてやがる。


……あぁもう、どうにでもなれ。

もう知らん。関わってきたんはそっちや。


一緒に死ぬことになっても、文句言うなよ。



「――――育成所におる子供を全員、解放するんが俺の目的や」



俺は立ち上がってチビの頬を擦り、初めて麻里以外に自分の目的を話した。

「手伝うて、くれるか……?」

自分から出てきた声音は切なげなものだった。

「当然」

チビは俺とは逆にしっかりした声でそう言い、にやりと笑う。

「じゃ行ってきまーす!!」
「おいおいおいコラ待てや。お前だけ行かせるとは誰も言っとらんやろうが」

まるでお使いに行くかのような張り切り様で飛行タクシーに乗り込もうとするチビの肩を掴んで止めた。

待っとるだけは絶対に嫌や。

「セキュリティの種類と場所、解除コードは頭に入れとる。俺がおった方がええんちゃうか?」
「えー。解除コードなんか無くてもセキュリティは突破できるんだけどなぁ」
「……お前、もう俺に能力隠す気ぃ無いやろ」
「うん。だってもう大体予想ついてるでしょ?それに、育成所を潰すためにはこれ以上隠してらんないし」

ええんか、お前はそれで。隠したかったんちゃうんかい。

何で俺のためにそんな……いや、そういえば里緒の時もそうだった。“戦力になるから”か。

「あー、でも二手に別れるとしたら遊も必要かもね。乗って」

強引に俺の腕を引っ張り、俺をタクシーの中に引きずり込むチビ。

車内には澤家の兄ちゃんの方……と、Sランクの一ノ宮がいた。

必要な人材ってのはこいつらか。

一ノ宮、澤兄、チビ、俺の順にタクシーの席に座ることになったが、奥の一ノ宮はぶつぶつと不満を言っている。

「まったくあなたという人は、本気であの育成所を潰そうとしているとは……正気の沙汰とは思えません。泰久様にバレたらまた叱られますよ?」
「ごめんて。泰久には急に神戸に行きたくなった私に付いてきただけってことにしといてよ」
「そのうちバレると思いますけど。確実に明日の電子新聞に載りますよ」
「うーん……その時は私は無関係だって誤魔化しといてほしーな?優しい一也たんならそうしてくれるよねー?」

にこにことからかうように一ノ宮に問い掛けるチビの一人称はいつもとは違って“私”。

幼馴染みの一ノ宮はともかく、澤兄の方にも性別はバラしているらしい。

「小雪も。今夜は遅くなっちゃうかもしんないけど、頑張ってくれる?」
「哀の頼みなら頑張るよ。……良かった、もう一生話せないかと思ってた」
「あはは、それさっきからずっと言ってる」
「だって哀にあんな全力で逃げられるの初めてだったから……」

どうやらやはりチビと喧嘩していたらしい澤兄は、心底ほっとしたような顔をしている。

不思議なのが、3人共これから育成所を潰しにかかるというのに全く焦っていないところだ。

神戸能力者育成所という名前を聞いたことがないはずがない。日本で最も有名な育成所だ。

なのに何なんだこの落ち着きっぷりは。



こんな様子を見ていると、こう思わざるを得ない。

―――俺はひょっとすると、とんでもない奴らを味方につけたのではないかと。





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