深を知る雨

2201.01.22 ②


 《21:40 システム管理室》職員side


カチ、カチ、カチ……。

安物の腕時計の秒針の音を妙に五月蝿く感じた。

もう何連勤目だろうか。

この能力者育成所は職員を休ませるということを知らない。

仕事内容がハードではない分文句は言えないのだが、最近寝ていないせいで酷く眠い。

つい先程入れたばかりの珈琲ももう無くなってしまった。コルチゾールが分泌される時間帯を考慮せずがぶかぶ珈琲を飲むことが習慣化したせいで、カフェイン耐性が付いてしまっているように思う。

嗚呼―――眠い。

「なぁ聞いたか?侵入者7人やって」
「あー、端末に警告来とったわ。どうせ上が片付けるやろ」
「それがな、セキュリティの殆どに引っ掛からんらしいんよな」
「つってもたった7人やろ?」

向かいの席の奴らが何やら会話しているが、眠くて会話に混ざる気にもなれない。

おれは何気無く隣の席を見た。

何十分か前、このシステム管理室にいた奴らの数人がが急に立ち上がってどこかへ行った。

おれの隣の奴もまだ戻ってきていない。

おれは立ち上がって再び珈琲を入れに行った。ロボットに任せる気にはならなかった。ずっと座っていたせいで足が浮腫んでいる。少しは立って歩いた方がいいだろう。

「つーか、さっきから他の部屋に電話繋がらんのやけど」
「故障か?珍しいな」
「まぁそのうち点検が来るやろ」

何かが起こっているような気がした。

それは期待なのかもしれない。

モニターに映る子供たちを見て、おれはふと思った。

それは、最近よく考えるようになってきたことだった。


―――こんなことをする為に研究職に就いたんじゃない。


子供を犠牲にしてまで知識欲を満たしたいわけでは、なかったのだ。

いつからこうなってしまったんだろう。

おれは、何をしているのだろう。

誰か壊してくれないだろうか、この状況を。

誰か止めてくれないだろうか、こんな超能力開発に携わっているおれを。

……なんて、そんな都合の良いことを求めるにはもう悪事を働きすぎた。

おれはもうここでこうして働き続けることしかできないのだ、と自嘲しながら席に戻った、―――その時だった。

ガチャリ、と部屋のドアが開いたのは。

見ると、数十分前いなくなった職員たちだった。

「おお、えらい遅かったやん。どこ行っとった―――……ッ!」

ドゴ、と鈍い音がして、入り口に近い方に立っていた職員の1人が横向きに倒れる。

「お、お前ら、何のつもりや!?」

同僚が椅子から立ち上がって一歩下がった。

ぞろぞろと部屋の中に入ってくるのは、つい数十分前同じ部屋で仕事をしていた仲間たち。

しかし、その全員が何も言わず部屋にいる他の職員たちを攻撃し始めた。


―――まるで誰かに操られているかのように。


何かが起ころうとしている。

いや、もう起こっているのかもしれない。

同じ職場で働く職員に床に押さえ付けられたおれは、場にそぐわない思いを抱いていた。


おれはこの時を待望していたのかもしれない、と。



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