深を知る雨
《21:50 東館》里緒side
西館へ繋がる通路には、かなりの人数のBランク職員が一斉に押し寄せてきていた。
殆どが男であるせいで、手加減しようとしても力が入りすぎてしまう。
それを気遣ってか、楓がなるべく俺に職員を近付けまいと気流操作してくれた。
距離があれば冷静に攻撃できる。
楓のおかげである程度正確に能力をコントロールできるようになった僕は、物をぶつけて気絶させることをひたすら繰り返した。
そうやって職員たちを倒しているうちに、たまたま薫の近くになった――その時だった。
「お前、今日ここ付いてきたの、遊を助けようと思ったからってだけじゃねぇだろ」
不意を衝くかのように、楓に聞こえない程度の声で、薫が確信を持って言ってきたのは。
「…どうしてそんなことを言うんだ?」
「お前が顔色変えたのは2度。1度目は遊の話を聞いた時。2度目は、底辺が遊を助けに行くと言って出ていった時」
薫は喋りながら床を溶かして職員たちの足元をぐらつかせる。
僕も念動力で職員の持ち物を飛ばして攻撃する。
「底辺と何があった?あいつのこと心配するようなタチじゃなかっただろ。寧ろ嫌ってただろ」
薫はよく周りを見てるんだな。
薫みたいな奴がいて、あいつは今後も上手く性別を隠していくことができるんだろうか。
いざという時はフォローしてやるつもりだが、勘の良い薫に確信を持たせたら終わりだ。
目を閉じれば、あの日の優香の顔が浮かぶ。
――「妹がさー、端末の着信音ベートーベンの運命にしてんの!ぎゃははははは!あのくらいの歳の子って普通流行りの音楽とか着信音にするんじゃないのって話よ!何でそんなチョイスなのかしらねぇ!?インテリかって!」
下品な笑い方をしながら、テーブルをバンバン叩き、そこにはいない妹の話を楽しそうにする姿。
彼女はいつも妹の話をする時だけ、人間のような表情をしていた。
「何もない」
そう、何もない。
あいつと僕はまだ出会ったばかりで、僕にとってあいつがうざったい存在であることに変わりはなくて、今後仲良くなる予定も全く無いけれど。
――――恩人の妹を、死なせたくはない。
「ちょっと、何話してんのよ?集中してよね!」
「へいへい」
楓の言葉で薫が怠そうに僕から離れていく。
僕も深呼吸して前を向き直った。
優香の大切な人の守ろうとしているものを守りたいからここへ来た。
……優香。
あんたの大切にしてた妹は、今度は僕が守るから。
―――だから、安らかに眠れ。