深を知る雨


そうこうしているうちにロボットが靴を運んできてくれたのでそれを受け取り、一也から連絡が来ていないかどうか確認するため端末を開く。

見るとやはりメッセージが届いていて、既に皆パンを食べ終わって待っているとのことだった。

早いなー、そんなお腹減ってたのかな。


「そろそろ行こっか!」
「…もう戻るん」


立ち上がって歩き出そうとする私の手首を、遊が掴んだ。

座ったまま下を向いているせいで表情が分からない。


「困ったわ。ほんま、困った。連れ去りたくなってまうやん」


遊が立ち上がり掴んだ手首を引っ張ってきて、距離がぐっと縮まった。

何かおかしい。遊の纏う雰囲気が―――変わった。

触れられている部分がじんじんする。


「なぁ。もうちょっと一緒におりたいって言うたら困る?」
「……え。でも、」
「何で俺、複合ビル選んでしもたんやろな。宿泊できるとこあるんがまずあかんわ」


振りほどけない力じゃないのに、この手から逃れられる気がしない。


「俺、今お前のこと、抱きとうてたまらん」


欲情してる男の人のこういう色っぽい目付き好きだな、なんて他人事のように思った。今にも噛み付かれそうで子宮の辺りがぞくぞくする。

遊の体に興味はあるし、お相手してもらいたい気持ちが無いわけでは無いけれど。


「……今は無理」


ちょっと流されそうになってしまったが、よく考えてみればここには一也も来てるんだ。

一也から許しを得られるはずがないし、この複合ビルに二人で残るなんて言ったら何をする気なのか一也にはすぐ分かってしまうだろう。


「皆待たせてるし。今日はもう帰ろう?」
「……こんなこと言われとんのに、意外と冷静なんやな。もっと戸惑うかと思った」
「…何で?人間の当たり前の欲求の1つでしょ。急にヤりたくなる時は誰だってあるじゃん」
「…あー、なるほど。お前、意外とあれか。可愛い顔してヤることヤっとるタイプか。……そそるな、それはそれで」


遊の声の感じが微妙に変わった気がして見上げると、こちらを見下ろす熱っぽい視線と視線が絡んだ。

一也とも、小雪とも、今まで相手した男の誰とも違う目。

急に焦りにも似た感情が芽生えて、その目から視線を外した。


「…哀ちゃん?何で目ぇ逸らすのん」
「……そんな目で見るから」
「そんな目?」
「“もう辛抱たまらん”みたいな目」


私の言葉に遊はまたぶはっと噴き出した。そんな笑わなくても、見たまんまのことを答えただけなのに。


と、そこで。


「……そういうのはまた別の機会にしてくれないもんかしらね?」
「うびゃあっ!」


楓が背後から唐突に現れるから思わず奇声をあげてしまった。

遊がチッと舌打ちして私から手を離す。


「飛行タクシー予約しちゃったから呼びに来たのよ。こっちのタクシー、長距離飛行には予約が必要らしいわ」
「端末で呼べば良かったんに」
「遊がどんなお礼してるのか確認するのも兼ねて来たの。まさか食おうとしてるとは思わなかったけど。何?お礼は体でって?手ぇ早いったら」


肩を竦めた楓は、付いてこいと言うように先を歩き出す。

……呼びに来たのが楓で良かった。あんな会話聞かれたら私が女であることがバレかねない。ていうかバレる。

せめて確実に人がいないことを確認してから誘ってほしいもんだな、と思いながらちらりと遊を見上げると。


「……、」


また目が合った。思わずぱっと逸らしてしまった。

……なんっでこっち見てるんだよおおおお。そんな見なくていいじゃあああん?え?何?どんなこと考えながら私見てるの?早くえっちしたいとか?マジで肉食だな遊?



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