深を知る雨
遊の方向を見られないまま複合ビルの出口まで着いた頃、飛行タクシーが一台止まっていた。
薫と里緒、一也は既に乗車しているが、小雪は何故か外に立ってる。寒いのに。
「関東方面行きのタクシーは今利用者が多くて、5人乗りしかないんだって」
5人ってことは……1、2、3……7人いるから、2人余るのか。
「ちょっと歩かない?俺、哀と話したいことがある」
「え?お、おう」
「じゃあお言葉に甘えてあたし達は先に帰ってるわね。まだ暴動収まってないみたいだし、あんた達も気を付けて帰るのよ」
「…うん、分かった」
プレゼントの箱を抱えた私とコートを着た小雪以外を乗せた飛行タクシーが、空へと飛んでいく。
二人乗りタクシーはいつでも呼べるのだが、小雪が歩きたいらしいので私も付いていく。
話って何だろう?
「久しぶりだね、こうやって二人になるの」
「あ、そう言われてみれば……」
「哀、怒って話してくれなかったもんね」
「そりゃ怒るよ、捕まる覚悟で軍のお偉いさん殺そうとするんだもん」
「うん、ごめん。もうしない。今日は、連れてきてくれてありがとう」
「……ありがとうはこっちの台詞だと思う。小雪は手伝ってくれたんだから」
「うーん、まぁ、そうなんだけど。仲直りのチャンスを貰えたのが有り難くて」
「ほんとに一生逃げられると思ってたの?」
「……ちょっとだけ……。ご飯も食べられなくなって、雪乃に心配された」
友達に無視られるだけでご飯食べられなくなるのか!重いな愛!
「あと、さ。……哀さ、紺野芳孝に何か嫌がらせされてない?」
「え、別に何も?」
「ほんとに?何かされたら言うんだよ?あいつ今度は妙に哀のこと気に入ってるみたいで……」
「大丈夫大丈夫、私強いから」
そう言ったところで、隣を歩いていた小雪が立ち止まった。
樹路林がライトアップされていて、夜だというのに街は明るい。
小雪は暫く黙っていたが、遠慮がちに口を開いた。
「……哀は、やっぱりSランクなの?」
「……」
「あの女の人、Sランクじゃないとあの電波には押し勝てないって言ってたよね」
「……」
「今の“強い”って、そういう意味で言ったの?」
意外だった。
小雪はこういうこと聞いてこないと思ってた。
聞かれたら私が困ることは感じ取ってるだろうから、絶対に聞いてこないと思ってた。
「――――…違うよ」
嘘だって分かること分かってる。
だからこれはSランクであることを否定するための言葉じゃない。
小雪を突き放す言葉だ。踏み込むな、と。
私は分かってる。
「……そっか」
こう言えば、小雪はもうこれ以上踏み込んでこないことを。
ごめんね。
心の中だけで謝罪した。
小雪の友達は千端哀だ。橘哀花じゃない。
本当のところを言うと、小雪のためを思って境界線を引いてるわけじゃない。
私は自分のために自分の正体を隠そうとしてる。
小雪の前で千端哀で居続けられることに執着していると言ってもいい。
だって私は何より嫌いなのだ、橘哀花が。
千端哀として振る舞っている間だけは、自分の中の橘哀花を捨てられる気がする。
お姉ちゃんを殺した橘哀花を、自分とは別人だと考えられるような気がする。