深を知る雨


 《21:55 喫茶店》遊side


24時間営業の喫茶店。いつの間にか俺と自分の外出許可を取り付けたチビが連れてきた場所。これからホテルに行くであろうカップルの多い店で、俺は何故か男を前にして里緒の説明をしている。


「Aランクにはもう1人、里緒って奴がおってな。念動力者やねんけど」
「ほうほう」
「そいつは、男が苦手なんよ」
「は?自分も男なのに?」


薫の顔も知らないくらいだからもしかしてとは思っていたが、やはりあの事件のことも知らないようだ。多分こいつはそう昔からいる隊員じゃない。

俺は里緒の写真をミニスクリーンに映した。


「可愛い顔しとるやろ?」
「おお…まぁ確かに男にしては可愛い系の顔だよな。それで?」
「いや、だから、そういうこっちゃ」
「は?」


意味が分からないといった様子のチビ。それくらい察しろ。


「Cランクにいた時集団でやられかけたんよ。その時Aランクレベルの念動力が発動して、Aランクに来ることになった。でも、そのトラウマが原因で暴走することが頻繁にあんねん」


俺の言葉を聞いてチビは黙り込んだ。さすがに想像していなかったんだろう。

交通事故や地震………何らかの危機が原因で高レベルの能力に目覚める人間は多い。里緒もその一人だった。

しかし心の傷が癒えていない状態でAランクに送られた里緒は、俺達を見て毎日暴走した。女である楓がいる時はいくらか大人しかったが、俺達と同じ寮にいることはやはり苦痛なようだった。

それを報告しようとした俺を止めたのは薫の言葉だった。

“こいつがこんな状態であることを上に報告したら、こいつ、どうなるか分かんねぇぞ”。使えなくなった能力者の軍人がどうなるか……それは容易に想像できた。

いつ安定するかも分からないAランクの念動力者を上が野放しにするとは思えない。記憶を消したうえで放り出されるか、殺処分されるか。記憶を消す技術もまだそこまで確かな物ではない。軍隊で起こった出来事だけを忘れさせることは難しい。下手すれば食事の仕方、数の数え方すら忘れるかもしれない。脳の機能に影響を与えるかもしれない。里緒にとってあまり良いとは言えない状況になることは確かだ。

だから俺達は里緒の様子を報告せずに、里緒が俺達に慣れるのを待っていた。


「まずは、上の連中より先にその里緒って奴の居場所を突き止める必要があるな。ちょっと待っといてくれ」


席から立ち上がったチビは、店の外へ出て行く。

本当に良かったんだろうか、あんな得体の知れない奴に里緒のことを話して。

一抹の不安に駆られながらも、運ばれてきた珈琲に口をつける。

………予感なんてものに頼ったのは、能力が目覚めて以来無かったことだった。




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