深を知る雨
小雪と私の間に沈黙が走った――その時だった。
ぞくりと、久しぶりに悪寒がしたのは。
――――いる。
――――近くにいる。
――――“あいつ”がいる。
「……小雪、ごめん。先帰っててくれない」
「え?」
「ちょっと用事思い出した」
「……用事って何?危険なこととかじゃないよね?」
「ナプキン」
「へ?」
「生理用ナプキン買いに行きたいの」
「……あ、そ、そっか。ごめん」
ちょっと頬を赤くして謝ってくる小雪を置いて、私は走り出した。
逃げなければ。
幸い周囲には沢山の建物がある。
建物を利用した接着能力で逃げるしかない。
小雪からこちらが見えない距離まで走った私は、目視できる範囲で最も遠い高層ビルと自分を接着させる形で、全力で能力を発動させる。
かなりのスピードが出ている。
“あいつ”の気配が遠退いていくのを感じた。
逃げ切れるのでは――と思った時、ずしゅっと気持ち悪い音がした。
血が。血の矢が勢いよく私の二の腕やら足やらを掠めたのだ。
痛みで力が抜けた私は、急速に地面へと落下する。
落ちる直前に集中力を取り戻し、接着能力を利用して衝撃を和らげたが―――まずい。来る。
“あいつ”が来る。
「相変わらずだね、哀花ちゃんは」
いつの間にこんなに距離を詰めてきていたのか。
こちらへ近付いてくるのは、ルーズパーマの明るい茶色の髪と青色の瞳を持つ英国人―――お姉ちゃんの、もう一人の元彼。
「相変わらず、弱い」
こいつの前で血を流したら終わりだ。今こいつは私をいつでも殺せる状態になったと言っていい。目視できる血を操作できるこいつならば、私の体の血を抜くことだって可能だろう。
そんな恐ろしい能力の持ち主だから、西洋の死神なんて呼ばれてるんだ。
「いやー、まさか近付いただけで逃げられるとは思わなかったな。俺の気配に感じちゃった?敏感だね」
「……帰ってください」
「冷たいなー自分の能力の育ての親に向かって。誰のおかげでSランクになれたと思ってるのー?」
お前なんか育ての親じゃない。
ああ、何でだ。何度も何度も、こいつと会っても平気なようにイメージトレーニングしたのに。強気でいられるよう練習したはずなのに。―――震えが止まらない。