深を知る雨
《23:30 Sランク寮前》
神戸の店で破れた服を買い替えた私は、ちゃんと止血した後着替えて飛行タクシーに乗った。
痛みを我慢しながら真っ直ぐSランク寮へ向かうと、寮の玄関の前に一也が立っていた。
「……何で外出てるの?」
「待ってたんですよ。二人で神戸へ行ったのに一緒に帰ってこないのはおかしいでしょう。怪しまれますよ」
なんだかんだ、私のしたことがバレないようにわざわざ待っててくれたのか。
「ありがとう」とお礼を言って寮へ入る。
「荷物が増えてません?」
「ちょっと帰りに紅茶買ってきたんだ。泰久喜ぶかなって」
ひそひそ話しながら居間に入ると、いつも通りの様子の泰久がこちらを向いた。
「遅かったな」
良かった良かった。泰久はあんまテレビ見ないから、サイバー攻撃のことはまだ知らないんだな。
一也の言う通り明日の電子新聞でバレる可能性大だけど、とりあえず今怒られる心配はない。
「ちょっと急に遠出したくなってさ。プチ旅行してきちゃった」
「……二人でか?」
「そうそう、二人で」
「……」
「あ、あのね!お土産も買ってきたんだよ。私紅茶は詳しくないけど、何か聞いたことあるなーってやつ買ってきた」
「紅茶なんてどこでも買えるでしょう。お土産とは言えないと思うんですが」
「そういうこと言わないの!それ言っちゃったら終わりでしょ!?今や世界のどこにいても売ってる物は端末使えば何でも手に入っちゃうんだから」
一也に反論する私から紅茶の箱を受け取った泰久は、
「……アールグレイか」
と満足そうに微笑んだ。
「良かった。好きなやつ?」
「あぁ。アールグレイという名前は、昔の英国の政治家であるグレイ伯爵に由来するんだ。彼は中国へ行ってきた外交使節団から中国の茶を献上され、それをとても気に入った。そしてその作り方を調べさせ英国で作り、出来上がったものに自分の名を付けることを許可した。こうしてこの茶はアールグレイという名になったわけだ」
また泰久が蘊蓄を傾け始めた……!
つまらない話なら聞き流すんだけど、ちょっと“ふ~ん”ってなる話だから結局いつも聞いちゃうんだよな……なんて思っていた時、ふと、テーブルに電子ではないアルバムが何冊かあることに気付いた。
見るからに古いものだ。
「これって何?」
「10年ほど前の写真が入っている。Sランク能力者に関する電子データの多くは消されるから、これらの写真はここにしかない」
アルバムを開くと、そこには当時のお姉ちゃんや泰久、一也の写真があった。
私の知らない他の隊員も写っている。
ていうか!
「こ、紺野司令官も写ってる……!」
「あの人も元は超能力部隊の人間だからな。終戦と共に上層部に移ったが」
まぁ賢明な判断だよね。
能力は歳と共に衰えるし、35を過ぎて超能力部隊に居続けるのは本人としても辛かろう。
日々訓練で自分の能力の衰えを実感することになるんだから。
超能力部隊の軍服を着た今より若い紺野司令官が、意外にもお姉ちゃんのすぐ近くに写っている。
ほんとイッケメンだな~あの性格じゃなけりゃなぁ~。
お姉ちゃんと紺野司令官って親しかったの?と聞こうとして。
そう聞こうと顔を上げて、何も聞けなくなった。
―――泰久が、過去を懐かしむように写真を眺めていたから。
酷く愛おしそうにお姉ちゃんの写真を見ていたから。