深を知る雨
5分もしないうちに戻ってきたチビは、テーブルに置かれていた珈琲を一気に飲み干した後、
「お前、今金持ってるか?」
よく分からない質問をしてくる。
金はいくらか端末に入っているので素直に頷けば、チビは俺を引っ張って立たせ、早足で店の出口へ向かう。
「じゃあ、飛行タクシー乗るぞ。里緒の居場所を特定した」
チビは出口で端末を翳して珈琲の代金を俺の分まで払い店を出ると、飛行タクシー停車場のボタンを押し、夜の空を見上げる。
「…どういうことやねん。全っ然分からんのやけど」
「あれだよ」
ものの数秒で飛んできた飛行タクシーに乗り込み、空に浮かぶいくつかの監視カメラを指差すチビ。
「超能力が暴走してどっか行ったのに住民に被害が出たって情報はまだ入ってない。里緒は空を飛んでどっかに行ったんだ。それも比較的高いところをな。…となると、上空からの様子を常に撮影してるカメラの映像から探すのが早い。謎の飛行物体があればそれが里緒だ」
「言いたいことは分かるけどな、お前がそんだけ簡単に場所を特定できたってことは、上の連中にもできるってことやぞ」
「いや、それはねぇよ。あの監視カメラ管理してる会社の本部のネットワークに侵入して乗っ取ったから、今日本全国の浮遊監視カメラは全部オレの管理下にある。軍部から要請が来ても会社側は対応できない」
……それを、この短時間で……?
「まぁ、これ犯罪だけどな」
何でもない顔で付け足すチビは、悪いことをしているとは全く思っていない様子だ。
「ついでに隊長に頼んでまだ開発中の超能力抑制ガスも貰ってきた」
そう言いながら、試験官のように細長い容器を俺に渡してきたチビ。超能力抑制ガス……聞いたことはあるが、こんな物を下級隊員に渡すのも受け取るのも当然犯罪だ。隊長がそう簡単にこのチビに渡すとは思えない。…どうやったんだ?
「お前を里緒の場所まで連れていくのがオレの仕事。あとは、お前の仕事。これがあれば一時的に里緒の能力をある程度封印できる。開けた本人も吸うわけだから、能力が抑制されるのは里緒だけじゃないけどな。……でも、それでいいだろ?」
窓の外の夜景を見下ろしながら、頬杖をついてチビは言う。
「人類は進化しすぎたんだ。本来超能力なんか無くたって―――人と人は触れ合える」
俺の今までの生き方を否定するようなその言葉がずしりと体にのしかかかる。読心能力をコントロールできるようになってから、他人と関わる時必ず能力を使うようになっていた。
相手が信用できる人間か。それは能力を使えば分かることだった。
……だけど、俺の能力はこいつに効かない。だから尋ねるしかない。
「お前……何者なん?」
チビは俺の質問に対し何も答えず、ただ困ったように微笑む。きっと聞いてはいけないことなのだ。聞かれたくないなら今聞くほど鬼でもない。
ただ、それ以外にもう一つ、聞きたいことがあった。
「お前、何でここまですんねん。犯罪に手ぇ染めてまで助けようと思えるほど、俺とも里緒とも関わり無かったやろ」
一体どこまでお人よしなのか。俺ならできたとしてもそこまでしない。するとしても見返りを要求する。このチビは、この世界にごく稀にいる人助けの好きな善人の一人なのだろうか。