深を知る雨
《23:45 Sランク寮》一也side
…………丸映りだ。
どんな会話をしているのかは知らないが、玄関の前で哀花様とAランクの男が話し合っているのが見えた。
いつもより長くモニターを眺めていた僕が気になったのか、アルバムを見ていた泰久様が座ったまま聞いてくる。
「どうした?」
「いえ。哀花様と大神薫が玄関の前で仲良くしていらっしゃったので気になりまして」
映像を切り泰久様の方へ向き直る。
“仲良く”という言葉に引っ掛かったのか、泰久様が僅かに眉を寄せた。
それが少し面白かったので、僕はからかい口調で泰久様に問い掛ける。
「泰久様の物が取られてしまいましたね?」
「哀花は俺の物ではない」
「保護者的立ち位置からしてみればご心配では?彼なかなか格好良いじゃありませんか。歳も近いようですし、哀花様が恋に落ちても不思議ではありません」
「あいつも年頃なんだから恋愛くらいするだろう」
「泰久様はつまらないですね」
「俺に面白さを求めるな」
「本当に少しも哀花様に対して何か感じたことはおありにならないんですか?本当は可愛いと思ってるんじゃありません?あれだけ一途に尻尾振ってくるんですから」
「哀花をそういう目で見たことはない」
「―――じゃあ、僕が彼女を何処かへ連れ去っても構わないんですか」
僕と話しながら再びアルバムを見ていた泰久様は、僕の言葉に顔を上げ、探るような目でこちらを見てくる。
数秒間の沈黙。
泰久様の護衛として勤め始めて10年、こんな目で泰久様に見られたのは初めてだった。
「笑えない冗談はよせ」
どこまでも鈍感な泰久様は、僕の気持ちなんて知りもせず、僕の言葉を冗談として片付けまたアルバムに視線を落とす。
……いつまで、過去に囚われてるんだ、この男は。
優香様は死んだんだ。
あの日々は二度と戻ってこない。
なのにこの男は、今でもふと思い出したようにアルバムを取り出しては中の写真を眺めて過ごす。
死んだ想い人に囚われ続ける泰久様。
そんな泰久様を想い続ける哀花様。
二人の線が交わることはない。
――彼女の気持ちに応える気が無いのなら、さっさと突き放せばいいものを。
「……見てて鬱陶しいんだよ」
思わず口から漏れた独り言が、泰久様に届くことは無かった。