深を知る雨
第二グラウンドまで送ってくれると言うのだろうか。
確かにここからだとちょっと距離があるし、傘が無かったら濡れるかもしれないけど。
「……遠慮しときます。あなたに優しくされるのは怖い」
真顔で丁重にお断りすると、数秒きょとんとした紺野司令官は、何が面白いのか次の瞬間弾けたように笑い出し、それが更に怖かったので「では、急いでるので……」と軽くお辞儀してまた走り出した。
背後では、紺野司令官の不気味な笑い声がずっと聞こえてた。
《18:00 軍事施設内中央統括所》
「爆破予告が来た」
司令室に入り、椅子に座る紺野司令官を視界に入れた瞬間簡潔に言われた一言がこれだ。
続けて、ご丁寧に日付まで教えてくださった。
「2月15日、日中合同軍事パレードの日だ」
「……敵国によるものである可能性は?」
「ないだろう。こんなところで挑発しても得にならない。恐らく軍に反抗心を抱く国内の武力反対派によるものだ」
お、おう……武力を武力で押さえ付けようとするスタイル、私嫌いじゃないぜ。
ていうか、何でそんなことを一隊員の私に伝えてくるんだろう?
「……まさか私にどうにかしろだなんて言いませんよね?」
「そのまさかだ」
「あのですね……確かに爆弾の種類によっちゃ乗っ取れますけど、私にも出来ることと出来ないことってのがありましてね……」
そもそも警備のプロに頼んだ方が確実でしょうが、そういうのは。
しかし。こて、と可愛らしい首の傾げ方をした紺野司令官は、心底不思議そうに聞いてくる。
「君に拒否権があると思っているのか?」
……それを言われちゃおしまいだ。
超能力部隊にいる千端哀は女だと紺野司令官が他の上層部の連中に伝えるだけで、私は超能力部隊にはいられなくなる。
「楽しませてもらえないならわざわざ君をここへ置いておく理由もない。君が超能力部隊に居続けられるかどうかは君次第だ」
こ、この男……自国に来た爆破予告ですら自分の娯楽にする気なのか……?
紺野司令官は手元の書類をパラパラ眺めながら、お使いを頼むようなノリで無茶を要求してくる。
「このことは大中華帝国側には報告しない。上層部の他の連中にも、この件に関しては僕が対処するから問題ないと伝えてある」
「そ、そんなことして……もしパレードの最中に見物人や軍人に被害が及んだらどうする気なんですか!」
「それを食い止めるのが君だろう?」
小揺るぎもしない紺野司令官に対し、開いた口が塞がらない。
「……もし私が何もできなかったら、紺野司令官が責任を問われることになるんですよ?」
「その時は大人しく運命を受け入れるさ」
「ほ、本気で言ってるんですか!?」
「パレードを平穏に完遂できるかは君次第、僕が生きるも死ぬも君次第、ということだな」
にやりとこちらの様子を窺うように意地悪く笑う紺野司令官。
……駄目だ……この人に何言ったってもう無駄だ……。
楽しみにしていた合同軍事パレードだが、今この瞬間宿題の締め切りのような存在と化した。
「…………やれるだけのことはやってみます」
どうせ、私がこう答えるまで引き下がらないんでしょあなたは、という気持ちを込めて渋々そう伝えたその時。
ゆらりと紺野司令官が立ち上がる――たったそれだけなのに妙な威圧感があってびくりと体が震えた。
紺野司令官の手がこちらに伸びてきたかと思うと、腕を強く掴まれる。
「……ッ」
痛みに顔を歪めれば、紺野司令官は映画の感想を述べるかのように淡々と呟いた。
「やはり怪我をしているな」
ピンポイントであの男に攻撃された部分を掴んでいる。
「小雪くんに治してもらわないのか?」
「……言えません」
「ほう。小雪くんには言えないようなことで怪我をした、と」
「痛いです、離してください」
「……はぁ。仕方のない子だな。とりあえず脱ぎなさい」
「セ、セクハラですよ」
「馬鹿を言うな。君の貧相な体を見ても何も感じはしない。――おいで」
紺野司令官の声には抗えない引力がある。別に下心があるというわけでも無さそうだったので、大人しく促されるまま紺野司令官の椅子に座った。
王様が座りそうな大きな椅子だ。悪い意味で紺野司令官に似合ってるなぁ、なんて思っていると、紺野司令官は隣の引き出しからよく分からない瓶を取り出した。
「治癒能力者の能力を液体にしたものだ。小雪くんの能力ほどの効果は無いが、多少治りが早くなるだろう」
ああ……なんだ、そういうことか。その薬を塗りたいから脱げってことか。