深を知る雨
最近超能力を液体に変えるの流行ってんのかな?性別転換ドリンクもそうだったし、なんて考えながら上の服を脱いで下着姿になると、紺野司令官が自然な動作で傷口に液体を塗ってきた。
や、自分で塗れますよ、と言おうとしたが、それを言うと意識してるみたいで嫌だなと思って喉元まで来ていた言葉を飲み込む。
「もう一人のSランクが誰か、そろそろ分かったかい?」
塗りながら、ふと紺野司令官が問うてくる。
「……残念ながら」
「やはり期限が3ヶ月では足りなかったかな」
ふ、と嘲笑うように優しく微笑む紺野司令官にカチンときた。
「……1ヶ月で十分です」
「っはは、強気だな」
笑いながら塗り終えたらしい紺野司令官が私から一旦手を離す。
「他に怪我をしている箇所は?」
「腕だけです」
「ほう」
「ッぐ、……ぅ……」
紺野司令官が急に怪我している方の太股を押さえ付けてきたので、思わず呻き声が漏れた。
「腕だけ、か」
「……ッああハイハイ足もですよ!脇腹もです!いちいち痛め付けないと気が済まないんですかあなた!」
どうやらこの人も薫と同じ、動きを見ただけでどこを怪我しているか分かる人間らしい。仕方なく下も脱いで足を差し出し、下着を捲って脇腹を見せる。紺野司令官は表情を変えることなくぺたりとそこに触れた。
「…今誰か入ってきたら誤解されるんじゃないですか?」
「されないだろう。自分が何歳年下だと思ってるんだ?」
「でも、私と歳そう変わらない雪乃にも手ぇ出してたんでしょ?」
「あれは別枠だ。僕は従順な女性が好きなものでね。時間を掛けてじっくり逆らわないよう仕向けていったのが雪乃だよ。他にはそそられない」
「さ、最低だ……虐待変態親父……」
思わず漏れてしまった本音にハッとしたが、口から出ていった言葉は戻せない。
沈黙が走り、さ、さすがに失礼すぎたか……?と不安に思っていると、紺野司令官がゆっくりと口を開いた。
「――――君は、」
こちらをぞくりとさせるような色気のある低音ボイスが鼓膜を犯す。
「声まで姉に似ているな」
―――右の耳朶に、歯を立てられた。ぴりっと擽ったさにも似た痛みが走り、思わず冷静さを失って紺野司令官の腹を蹴る。びくともしなかったけど。
「…ッなななな、何すんですか!!予想外すぎるわ!!」
「君が悪いことを言うからだ。塗り終わったから早く服を着なさい」
「酷すぎる!20代のうら若き乙女を動揺させておいて何ですかその冷たい目!」
「君はやはり雪乃と違って品が無いな」
「余計なお世話だ!です!!」
純情を弄ばれた気分になって、言い訳程度にですを語尾に付けながら慌てて服を着た。
いや、“純情”って言葉が最も似合わない女である自覚はあるんだけど。
「羽瀬くんが困っていたぞ」
走って出ていこうとする私の背中に、紺野司令官がそんな言葉を投げ掛けてくる。
「そのうち昨夜のサイバー攻撃の責任を問われるだろうからな」
……それを私に言ってくるということは、やっぱりこの人にも昨夜の件が私の仕業だということはお見通しらしい。
確かにサイバー攻撃対策は羽瀬隊長が一任している。
今頃胃痛に困らされているところだろう。
だが。
「世間の注目の的は神戸能力者育成所の方でしょう。軍のサイバー攻撃対策が杜撰だったことは大きな問題にはなりませんよ、きっとね」
紺野司令官を振り返り、にやりと笑ってやった。
「ま、やばくなったら私が適当に世論操作しますから」