深を知る雨
《13:30 廊下》
「もしもーし?かけ直してくれてありがとね。朝掛けても出なかったからてっきり無視られてんのかと思ったよー」
『ったり前じゃあん?時差ってもんを考えなよねえ、時差ってもんを』
私の持つエフィジオの端末に電話を掛けてきたのは、イタリィの秘密警察オヴラのお偉いさんであるルフィーノ。
私が今朝彼に電話を掛けたのは、勿論理由がある。
「オヴラって、VIPの護衛もするよね?」
『お答えできませえん』
まぁ、そりゃそうか。業務内容なんて言えないよね。
前置きはやめにして、質問を変えた。
「人を見て安全か危険かって分かるもん?」
『そりゃ挙動で分かることもあるけどお……何、何かあるのお?』
「ちょっとね、事件を未然に防ぐお仕事任されちゃって」
警備のプロなんて知り合いにはいない。国は違えど、聞くならルフィーノがいいと思った。
『んー、敵国の人間とはいえ女の子だしい、ちょーっとだけイイコト教えてあげる』
「そりゃ有り難いね」
『まず、見るだけでその人の危険性を見抜くってのは素人には難しい』
「……うん」
『だけど、機械を操るだけなら素人でも可能。日本はその手の技術発達してるしい、そういうのに頼るといいよ』
「機械?」
『あるでしょ、人を映すだけで危険性を判断してくれるマシーン。表情挙動でその人間の感情が分かるっていう、今まで何度も暗殺事件を未然に防いでる機械だよ。まあ、使用許可が下りるかどうかはまた別の話だけどお』
……ふむ。最新の警備技術だ、聞いたことはある。
しかし、そんな物を一般人に貸してくれるほど気軽な組織は無いだろう。……乗っ取るしかない。
「ありがと、ルフィーノ。参考にするね」
『うんうん、お礼に君との素敵な時間をくれなあい?今度ゆっくりお茶でも…』
ルフィーノの話の途中でブツッと通話を切って角を曲がろうとしたところで、誰かにぶつかった。
おおーっとこれはかの有名なぶつかったところから恋が始めるアレ!?なんて思いながらちょっとよろけたが転ける程では無かった。
顔を上げると、そこには見知った男―――大中華帝国少将の泰然《タイラン》がいた。
見るからに堅物だが所謂美形の彼は、20歳になったばかりの若手だ。
「え、1人?案内人は?」
大中華帝国の上層部が何でほったらかしにされてるんだ?
「1人になりたかったから便所に行くって言って逃げた」
「ぶははははは!お前真面目そうに見えて案外不真面目だよね~。騒ぎになる前に戻りなよ?」
「分かってる」
「てか今回何人来てるの?そっちは」
「某と春梅《チュンメイ》、緑仙《リューシェン》だけだな」
毎度の事ながら日本語完璧なはずのタイランから出てきた某という一人称があまりに古風で吹きかけた。戦国時代かよ!
危ない危ない、ここで笑ったら某という一人称がおかしいと気付かれてしまう。面白いからできればこのままにしておきたい。昔からそうだったし。
一体何の影響を受けた日本語なんだか……。
それにしてもそうか、全員は来てないのか。
まぁ全員同時に日本へ来るとその間国の防衛が手薄になるしね。
次に質問してきたのはタイランの方だった。
「ティエンはこっちに来てないか?」
「来てる来てる。バリ来てる。てか私の部屋にいる」
「やっぱりか……迷惑をかけてすまないな」
「うん、早いとこ持って帰ってくれる?」
「しかし、お前といる方があいつは大人しい」
「え?もしかして押し付けようとしてる?え?」
信じられないと顔で訴えたが、タイランは「変顔のバリエーションを増やしたのか」と感心してきただけだった。
タイランを長くこの場に居させると案内人が困るだろうと思いそこで話を区切って去ろうとしたのだが、タイランは私の格好が気になるらしくじろじろ見てくる。
「本当に超能力部隊に入ったんだな」
「前も言ったじゃん。まだ信じてなかったの?」
「お前の吐く言葉はどれが本当でどれが嘘か分からない」
酷い言われようだなぁと思ったけれど、事実なので何も言い返せなかった。
「男のふりをしてまで入る意味が分からない」
「私には意味あることなんだよ」
「何が目的なんだ、お前は」
「別に大した目的なんかない」
「相変わらずの秘密主義だな」
「どうしたの、今日は妙に踏み込んでくるね」
「……別に。気分だ」
タイランはそこで漸く戻る気になったらしく、私から視線を外して元来た道を戻っていく。
タイランの背中をきちんと見たのは久しぶりな気がした。
いや、会うことは多いのだが、こうして後ろから見ることはあまり無かった気がする。
……大きくなったなぁ。
私は5年前を思い出し、思わずくすりと笑った。