深を知る雨
午後3時。
タイランが入り口まで迎えに行った時、そこにいたのはまだ子供にも見える女性1人だけだった。
視界に入れた瞬間違和感を覚えたが、「初めまして、タイランです」と取り敢えず軽く挨拶をする。
「初めまして、鈴です」
鈴と名乗る女性の声は大人らしい低く落ち着いたもので、見た目とのギャップに意外性を感じながらも、タイランは歩き始めた。
童顔故にそう感じるだけかもしれないが、見たところ歳は20にも満たないだろう。
タイランがこれまで見てきた政府側の人間に、こんな女はいなかった。
しかし約束の時刻と一致しているし、この軍事施設に入れているということはセキュリティを突破するためのキーを預かっているということだ。
考えられる可能性としては、通常来る予定だった“本物の”政府からの派遣者とどこかで入れ替わったであろう、ということ。
殺したか、捕獲したか。……いや、それはどちらでもいい。兎に角、この女が不審者であることに変わりはない。
(……舐められたもんだな)
通常のルートではなく人気の無い通路をわざわざ選択し、角を曲がったところで素早く振り向き、―――鈴の腕を捻る。
タイランによる予想外の行動に驚くと同時に、鈴はその容赦無い力に顔を歪めた。
「……っ、」
「お前、中国人じゃないだろ」
流暢な日本語でそう話し掛けてやると、鈴は驚いた顔をする。
「い、一発で見抜くか普通!?輸送場の警備員じゃあるまいし!」
「目的は何だ?本来ここへ来る予定だった人間はどうした」
「……ここへ来る予定の人間なんて、元々いないよ。私が政府の公式アカウントからそっちのコンピューターに偽の予定メッセージ送っただけだし」
鈴は正直にそう言った後、ちらりとタイランを見上げた。
と。次の瞬間、―――タイランの視界が反転する。
ズダンッと鈍い音がしてタイランの大きな体が床に打ち付けられた。
―――……あの体勢から、どうやって。
「ごめんごめん。甘く見てた。まさかこんなすぐバレるとは思わなかった。でも私、確かに日本から来てるとはいえ、国絡みで動いてるわけじゃないから安心して」
「……は?」
「個人的にこの国に興味があるの。案内してくれるよね?」
タイランには、それがお願いなどではなく脅しであるように感じられた。
「……目的は、何だ」
上体を起こしながら、先程と同じ質問をするタイラン。
「大中華帝国と日本帝国に軍事同盟を結んでほしいんだけど、どうアプローチしたらいいのか分かんないからさ。取り敢えず現場に来てみようって思って?」
「はぁ?」
「まぁ、既にちょっといいことは思い付いたんだけどね。西部民族を殲滅したいんでしょ?」
「……何故それを、」
「盗聴は得意分野だから」
盗聴?あの部屋を?――有り得ない。あの部屋のセキュリティは万全だし、こまめに不審物のチェックも入れている。
(……この女は、一体)
「私も手伝ってあげる。日本人の私がどれだけ強いか分かれば、日本を味方にしたいって思ってくれると思うから」