深を知る雨
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やってきたのは石狩山地。まさか乗り物も使わずにこんなところまで来ているとは思わなかったが、里緒の能力なら有り得ない話でもない。
俺は急いで飛行タクシーを出たが、チビは出ようとしなかった。
「オレこの辺で待ってるから、さっさと里緒連れて戻ってこいよ。あとオレはさっきの珈琲分で端末に入れてた金使い果たしたから、タクシー代はお前が奢ってくれると有り難い」
「ええけど、…お前来うへんのか?ここまで来て」
「ただでさえ男が苦手なのに2人も行ったらビビらせるかもしんないだろ。早く行け。時間無くなるぞ」
チビに急かされ、俺は端末の示す里緒がいるという場所へ向かった。
12月の北海道はさすがに寒い。冷たい風のせいで耳が痛くなってきた。もっと厚着をしてくればよかった。
歩いていくうちに、何かを破壊する大きな音が聞こえてきた。目を凝らすと、向こうで木々が倒れていくのが見える。きっと、里緒だ。
俺はチビに渡された容器の蓋を開け、暫く様子を見た。徐々に音が小さくなっていくのが分かる。すごいな、ほんまに効いとる。
能力がある程度弱まった頃、俺はゆっくり里緒のいる方向へ近付いた。所詮抑制剤だ。Aランクレベルの能力を完璧に抑えられるとは思わない。いつもと比べて弱い力でも、攻撃される可能性は十分ある。
それを覚悟して里緒の前に現れた俺は、そこにいた里緒を見て声を振り立てた。
「…ッ里緒!!」
能力が切れて力が抜けたのか、里緒は倒れていた。しかも、こんな寒い中これから寝るみたいな格好をしている。
駆け寄って抱え上げようとすると、その手を弾かれた。
「触、んな……」
息も絶え絶えにそんなことを言われ、俺は思わず怒鳴る。
「そんなこと言うとる場合か!めっちゃ体冷えとるやないか!」
俺の怒鳴り声にびくりと体を震わせた里緒だったが、構わずその腕を引っ張り上げ、その俺よりはいくらか小さい体を背負った。
「っ、やめろ、離せ…!」
「ぴーちくぱーちくうっさいやっちゃなあ!!こんなとこまで飛んでこれる力があって、今更何に脅えとんねん!今のお前やったらどんな男もぶっ倒せるやろが!」
「……ッ、何も知らないくせに…!」
悪いが俺は寝ている人間相手ならその記憶を読めるし、里緒の記憶も読んだことがある。
何も知らないわけではない。とはいえ寝ている間にこっそり近付いたことを知らせたらこいつはパニックに陥るだろうから、あえて何も言わずチビのいる飛行タクシーまで走る。
「……離せよ……」
「俺は弱っとる男襲う趣味ないで。男を一括りにしたらあかん」
「………」
「お前を襲った奴らはクズやったけど、俺や薫はそこまでクズとちゃうわ」
「………」
「同じAランク隊員になったんやから、ちょっとは仲良くしようとしてくれや。なぁ?」
「………」
「…おい、聞いとるんか」
返事が無くなり、まさか死んだんじゃ――と焦って顔だけを後ろに向けると、そこにはどうやら眠った様子の里緒がいた。