深を知る雨
日本が強いということはタイランも分かっている。
しかしその強さが超能力に依存したものであることもまた事実。
戦争で必要なのは兵器であり超能力ではない、というのがタイランの――というか多くの中国人の考えだった。
「お前が強いと分かったところで、某の判断でどうにかできるものじゃない。同盟関係になるかどうかは国が決めることだ」
「ぶっ」
違和感を覚える一人称を聞いて吹き出した鈴は、数回咳払いして真面目な顔に戻り、タイランに問う。
「でも、今こっちの政府はあってないようなもんじゃん。どうにでもできるんじゃないの?」
「無理だ」
「お堅いなぁ。融通利かない男はモテないよー?もういいや、中将さん出してよ。今はそいつが1番のお偉いさんでしょ?」
「ティエンだってそういうことには興味ない。……あいつは国がどうなろうがどうでもいいんだ」
そこまで言ってどうして不審者とここまで会話をしているのか、と今更疑問を感じ口を閉じた、が。
「ね、お前、そのティエンって奴のこと嫌いでしょ」
次に投げられた言葉にタイランは瞠目した。
表情に出していたつもりは無かったからだ。
―――タイランがティエンと出会ったのは、軍に入って間もない頃である。
タイランは生まれつき優秀な男だった。
何でもできた。中国にそうそういないAランクレベルの能力を何の苦労もなく手に入れていたし、物覚えも良く身体能力も高かった。
お前以上の子はいないと褒められて育った。タイラン自身もそう思っていた。
―――しかし、タイランはこの軍で、生まれて初めて勝てない男に出会ったのである。
世界最年少にしてSランク能力者となった少年。
中国人唯一のSランク。
今や世界トップクラスの軍事力を誇る大中華帝国軍の上将兼中将の役割を果たす、異例の10歳。
過去所属していた大中華帝国屈指のエリート軍事能力者学校では学力・運動能力・超能力において常にトップを維持し、戦闘機の扱いでも右に出る者はおらず、軍の要望で引き抜かれた男。
―――そんな“化け物”が自分より年下であることに、タイランは少なからず動揺した。
上将が死んだ時、タイランは密かに期待していた、もしかしたら自分が次の上将に任命されるのではないかと。
しかし実際は違ったのだ。
普段真面目に振る舞っている自分は選ばれず、将官会議にすら出ないいい加減な少年が政府によって選ばれた。
「……奴が大中華帝国の軍人をどさくさ紛れに何人殺したか分かるか?」
「そんな言い方をするってことは多いんだろうね。10人、とか?」
「0が足りない」
「えぇ……何でそんな」
「“退屈だから”だ。大抵蜂起した民族は一瞬でティエンにやられる。ティエンにとってはそれがつまらない。戦い足りなくて味方を攻撃し始める」
「ふーん?」
「あるいは、戦い方が派手すぎて味方が巻き込まれるかだ。あいつは味方を気遣ったりはしない。平気で巻き込む」
「ほうほう」
「そんな勝手な奴を好きになれると思うか?」
「それだけ?」
「は?」
「勝手だから、本当にそれだけ?嫌いな理由」
鈴はタイランを覗き込み、微笑む。
「辛いよね、圧倒的才能を持つ人間が目に見える範囲にいるっていうのは」
―――何もかも見透かされている気がした。
(……何してるんだ、俺は)
気付けば、タイランは不審者に対し案内をしていた。
一体自分が何をしたいのか分からない。
ただ―――自分と似ていると思ったのだ、鈴の眼が。
鈴のしようとしていることの先に、自分が変われるきっかけとなる何かがあるような気がした。