深を知る雨
「ねぇ見てぇ。ネイル変えたの~」
「んー、俺はそれより口紅の方が気になるな。エロティックでイイ色だね。キスしたらどうなるんだろう」
「もー、リューシェンったらぁ」
「ちょっと、さっきからリューシェンを独り占めしすぎ!皆のリューシェンなんだからねっ?ねーリューシェンっ」
「うんうん、俺はみぃんなの物だよ?沢山オモチャにして遊んでね?」
「ねぇリューシェン、今晩はどうするの……?」
「ふふ、ここにいるみんなをベッドにお誘いしちゃおっかな。いーっぱい可愛がってくれると嬉しいな?」
「キャーッ!」
通路を塞ぐようにして立つ大勢の女性。
黄色い声とはこういうもののことを言うのか、と感心する鈴の横で、タイランが溜め息を吐いて道を変える。
「あれは気にするな」
鈴はもう少し見ていたかったが、タイランに置いていかれると困るので小走りで付いていく。
「3P以上しかしたことのないような男だ」
「3ぴ……?」
「あいつと、女大勢。そういうプレイが好きなんだよ。大勢の女に奉仕されるのが好きなんだ」
「へー、リューシェンって少校だよね?確か」
「あぁ。……名ばかりだけどな。あいつは戦闘にもろくに参加しない。リューシェンだけじゃない、ティエンやリーもそうだ。能力だけある連中を集めた結果、将官会議にも半分が参加すりゃいい方なのが現状だな」
「そりゃ大変」
他人事だな、まぁそりゃそうか、と1人納得して先を行く。
と。エスカレーターで上がってきたのは、13歳にしては少々大人すぎるファッションをした、色黒のツインテール少女。
荷物運びのロボットに大量の袋を持たせている。恐らく服でも一気買いしたのだろう。
「あれれっ?タイランじゃ~ん。そっちの人だぁれ?」
タイランはリーの甘ったるい声が苦手だった。恐らく作った声であるだろうから余計に。
年相応のお洒落をして普通に喋れば可愛いのに、と内心いつも思っている。
「政府からの視察員だ」
不審者であることを説明すれば何故そんな人間を案内しているんだと自分まで不信感を抱かれる気がして、タイランは咄嗟に嘘を吐く。
「……ふ~ん。この若いのが?」
リーは所謂女子に嫌われる女子。女を見るとすぐに相手の姿を上から下までじろじろ見て、自分との優劣を比較する。
自分と比べれば地味だ、勝った、等と内心思いながら、次にタイランと鈴を交互に見る。
特にタイランに恋心を抱いているというわけでもないのだが、タイランと他の女が2人で歩いているのは負けたような気がして嫌、なんていう滅茶苦茶な思いを抱いたリーは、愛想よく笑ってみせた。
「あなたお名前はっ?」
「鈴です」
「鈴さ~ん!可愛いお名前~!ねぇねぇ、タイランの代わりにリーが案内してあげよっか~?」
「あぁ、はい。よければ是非」
あっさりと了承する鈴にタイランはぎょっとした。
リーは鈴が不審者であることを知らない。本当に視察員だと思い込んで見せてはいけないものまで見せてしまうのではないか。
「いや、必要ない。お前は部屋に戻れ」
「ふぇ?何で~?リー、鈴さんとお話したいなっ」
「いいから戻れ」
頑ななタイランにムカッとしたリーは、
「んも~っタイランの意地悪ぅ!」
と言って、その甘ったるい声には似合わない程強い力でタイランを突き飛ばした。
Aランク増強能力。
腕力やスピードなど、本来の身体能力の限界を大幅に超えることのできる能力だ。
何も鍛えていない13歳の少女にしては強すぎる力で突き飛ばされれば、骨が折れてもおかしくはない。
「っ、ぐ、……」
「じゃあ行ってくるね~っ!タイランは部屋に戻ってていいよっ」
「ッおい!待て!」
タイランの制止も聞かず、鈴の腕を引っ張って物凄いスピードで消え去ったリーは、曲がりなりにも中国には珍しいAランク能力者の1人であり、中国軍の中校でもあるのだった。