深を知る雨




タイランとかなりの距離を開けた後、リーは一息つくため自販機でミルクココアを買って椅子に座る。

荷物を置いてきてしまったが、後で取りに行くからまぁいい。

わざわざ初対面の女と話すこともないので黙ってココアを飲んでいると、鈴がくだけた口調で聞いてきた。


「最近の子ってそういう化粧するんだ?」
「文句ある~?」
「その厚化粧は似合わないんじゃない?」


ハッキリ意見してくる鈴に少し怯んだリーは、ぷいっと他所を向く。


「何よっ別に勝手でしょ?」
「好きでやってるなら可愛いと思うけど、自分でもそんなに気に入ってないでしょ?それ」
「……」
「どんな格好でも、自分の格好好きな子ってのは可愛いもんだよ。自信に溢れててね。でもリーは違いそう」
「……だって、リューシェンはいっつも派手な女と遊んでるもん」
「え?リューシェン?」
「あっ」


口に出した後で余計なことを言ったと気付き焦るリーとは裏腹に鈴はぶはっと吹き出し、


「そっかそっか。なーるほどねぇ」


見透かすように目を細め、リーの隣に座った。


「もしかして、将官会議に参加しないのもリューシェンが来ないから?」
「げえっ。タイランあいつ、リーが会議不参加なことチクりやがったの~?サイテーっ」
「別に責める気はないよ。私だって興味ないことに参加したくないし。……でも、リーはリューシェンが参加したら参加するんだよね?」
「……まー、共通点が佐官ってことくらいしか無いし、利用しない手はないでしょ」
「ふむふむ」

(なんだ、意外と簡単じゃん)


タイランはどんなに説得しても半分は将官会議に参加しない、といった口ぶりだったが、恐らく彼は参加しない者に対し文句を言うばかりで、参加させようと努めたこと等無いのだろう。


「よし。リー、私が協力してあげる」
「ふぇっ?」
「次の将官会議から、リューシェンが参加するように仕向けるよ。そこにリーも参加したら、会う機会が増えるでしょ」
「ほ、ほんとっ!?」


目をキラキラさせながら自分を見てくるリーを見て鈴は、チョロいな、とほくそ笑んだのだった。




―――同時刻、チュンメイの部屋にて。


「チュンメイ!リー見なかったか!?」
「きゃあっ」


唐突に飛び込んできたタイランに驚き、着替えていたチュンメイは慌てて隠れる。

チュンメイの下着姿をばっちり見てしまったタイランの方も慌てて後ろを向き、


「着替えてるなら鍵くらい閉めろ!」


と勝手に入っておいて理不尽な怒りをぶつけた。


「…………リーが、どうかしたの」


気まずい空気をどうにかしようと、チュンメイは服を着ながら問う。


「あのバカ、得体の知れない日本人連れてどっか行ったんだ」
「日本人?」
「自称“個人的に動いてる日本人”だ。日中軍事同盟を目指してるらしい」
「へぇ、いいんじゃない」
「はぁっ!?」


チュンメイのあっさりした意見に驚いて思わず振り返ったタイランの顔に、直ぐ様クッションが投げつけられた。


「まだこっち見ないで!」
「あ、あぁ、悪い。……えーっと、その、お前は日中軍事同盟に賛成なのか?」
「場所的に近い国は味方につけておいた方が、敵に利用されなくて済むでしょ。それに、これからの戦争で重要になってくるのは超能力だと私は思うわ」
「しかし、超能力より兵器の方が優秀だ」
「……私はそうは思わない」


着替え終えたチュンメイは棚からある書類を取り出し、机の上に並べて「もういいわよ」とタイランを呼ぶ。

その書類は、戦争が終わるきっかけとなった、新ソビエトと大中華帝国国境沿いで起こった超能力衝突に関する資料だった。

周囲の一般人は避難させられていたにせよ、あれほど激しい戦いは人類史上無かったと言われている。

その場にいた人間は全員死んだため、当時の様子を説明できる者はもうこの世にいないのだが、一説によると、超高レベルの多重能力者、つまりSランク能力者が自爆した―――能力で自らを爆弾に変え、かつて無い程の威力で敵味方関係無く多くの兵士を焼き殺した―――と言われている。


爆心地から2キロメートル内の家屋は一瞬で倒壊。

爆風は70キロメートルに達し、家屋の損壊は6キロメートルにも及んだ。

爆発の瞬間、自爆したSランク能力者自身は数百万度にもなったであろうと推測されている。

新ソビエトの同盟国である日本帝国に恐れをなした大中華帝国は、とにかく戦争を終えたい一心で、賠償金を少なくすることを条件に、自分達の勝利という形で戦争を終えさせた。


「これを見て、兵器の方が優秀だって言える?」
「……」
「自爆したSランク能力者は、かつて“東洋の核”と呼ばれていたわ」
「東洋の核……聞いたことがあるな。日本の電脳能力者だろう。相当な種類の能力を同時に使いこなしていたとか」
「ええ。厄介なのは、核を防ぐ技術は既に開発されているけれど、これほど強力な超能力者を防ぐ技術はこの世に存在しないこと」
「……」
「この資料を見てから、私はずっと思ってるの」



―――日本帝国だけは二度と敵に回したくないってね、と、チュンメイは苦笑した。




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