深を知る雨
約一ヶ月後、将官会議が開かれた。
会議に全員が揃ったのは初めてであり、常時参加していたチュンメイとタイランはかなりの驚きようだ。
全員が揃うどころか、余分な人間も一人座っていた。―――不審者こと鈴だ。
将官でも佐官でもない、中国の人間ですらない鈴の存在に対し、誰も口を出さない。
タイランとしては他国の人間を堂々と会議に参加させることは不本意なのだが、鈴を追い出せば全員が参加しているこの状況が崩れることは目に見えていた。
(リーはリューシェンがいるからだろうな。ティエンは……よく分からんが鈴にべったりだ。それより理由が分からないのは……)
「リューシェン、お前どうしたんだ?」
タイランは失礼とは分かっていながら率直に問う。
女遊びばかりしているこの男が、何故今になって会議に参加しようなどと思い立ったのか。
リューシェンは色気あるおっとりした口調で答える。
「鈴が俺に、一対一エッチの素晴らしさを教えてくれたんだ」
ちょっと何を言っているのかよく分からないが、気にしたら負けな気がして置いておくことにした。
「ポォォォウ!これだけ揃うとテンション上がるねえ!」
「会議に揃うのは当たり前」
「Oh...」
チュンメイの手厳しい意見に、いつも声の大きいミンヤンも少し静かになる。
「奇襲は1週間後ね。ここにいる全員で戦えばきっとすぐに終わるわ」
西部民族殲滅戦。
彼らは最新式の武器など持っていない。
一方的な虐殺になるだろう。
しかしそのことに対し罪悪感を抱く人間は、この中にはいなかった。
誰もが国を纏める為の必要悪だと考えている。
「西部民族のリーダーはその土地に昔から住まう長老だ。Cランクレベルの予知能力を持っているが故に“必ず当たる占いをする”と神聖視されているらしい」
「……成る程、厄介ね。共通の敵だけでなく共通の神の存在もあるならば、集団はより団結するわ」
タイランが事前に調べておいた事実を報告し、次に問題提起した。
「厄介なのは、長老の居場所が分からないことだな」
長老を神聖視しているなら、西部民族は襲撃された際真っ先に長老を隠そうとするだろう。
西部民族の戦意を喪失させるため、できれば長老は早めに始末しておきたい、というのがタイランの思いだ。
「私が先に彼らに捕まっておいて、内部の情報を集めるわ」
そう言い出したチュンメイは、Aランク精神感応能力者。
国内のどこにいようと特定の相手にテレパシーでメッセージを伝えることができる。
戦闘向きでは無い分、こういう機会に活躍できたならば本人も満足だ。
「いやしかしそれは……」
「そうだね。それが一番だと思うよ」
チュンメイがどんな目に遭うか分からないため却下しようとしたタイランだが、ここに来て鈴が口を開く。
タイランは鈴を睨んだが、鈴は涼しい顔で言った。
「本人がやりたいって言ってんだから止める理由は無いでしょ。それともタイランは大校であるチュンメイの実力を信じてないの?」
確かにここで止めてしまっては、チュンメイを弱い者として見ていることになるのかもしれない。
タイランとしては向こうの状況が分からない分心配なのだが、ここはチュンメイを信じるしかない。
「待っててくれ。必ず助けに行く」
「……え、ええ」
チュンメイを真っ直ぐ見てそう言えば、正面の鈴がひゅう、と口笛を吹いた。
力強く言ったタイランがいつも以上に男前に見えて戸惑うチュンメイだが、鈴の次の言葉で気持ちを切り替える。
「戦う時は二人一組になろう。リーはリューシェンと、タイランはミンヤンと。私はティエンと組む」
タイランは小さく、ミンヤンは大きく頷き、リューシェンとリーは顔を見合わせ、リーだけが頬を染める。
少し間抜けな声を出したのはいつも単独で戦っていたティエンだった。
「え、……ボク鈴と組むのォ?」
「なーに、文句ある?お前が暴走しないように押さえ付けられるのなんて私くらいでしょ」
何故か照れたように顔を背けるティエンを見て、他の将官佐官は目を見開いた。
「誰だ……あれは」
「ティエンのそっくりさ~ん?」
「珍しく子供らしい顔してるわね」
この一ヶ月、ティエンは鈴と何度も戦っている。
しかし勝てたことは1度もない。
鈴から言わせれば、ティエンは弱いのだと言う。
日本帝国にはもっと強い奴がいると言う。
この世界には自分より強い人間がいるのだと聞き、ティエンは生きることに楽しみを見出だした。
その楽しみを教えてくれたのは、他でもない鈴であり―――そんな鈴に、ティエンは“子供らしく”なついたのだった。
いくつかの作戦を立て、役割分担をした後に将官会議は無事終了した。
「お前、何のつもりなんだ?」
一仕事終えた、という風に自販機でお茶を買っていた鈴に、タイランは怒ったように話し掛ける。
「へ?」
「何で日本の人間がうちの将官佐官に混ざろうとしてるんだよ」
「恩人に対して酷い言い種だなぁ」
「恩人?得体の知れないお前がか?」
「その得体の知れない私がいなかったら纏まることすらできなかったのはどこの軍上層部ー?」
近くの椅子に座り、涼しげな顔でお茶の蓋を取る鈴。
鈴が見返りを前提として立ち回っていることを、タイランは知っている。
先に恩を売っておいて、後でどんなことを要求してくるか分からない。
「……もう一度言っておくが、軍事同盟は某の判断1つで成立するものじゃない」
「あ、それなんだけどさ、もうちょっと気長に考えてみることにしたよ」
「は?」
「同盟は結ぶべきタイミングで結ばせる。今は様子見した方がいい。お前があの時断ってくれたから、じっくり考える時間ができて考え直した。あんがとね」
意味の分からないことを言ってお茶を一気飲みした鈴は、空になったカップをゴミ箱に捨てて立ち去った。
一体普段どこにいるのかは知らないが、恐らく常にこの軍事施設内を彷徨いているのだろう。
鈴には何故かセキュリティが効かない。
(本当に、何なんだ、あの女は)
タイランは深い溜め息を吐き、殲滅戦で使う予定の軍用機が管理されている場所へと足を運んだ。
当日はタイランが操縦し、西部民族の拠点に近付けば低空飛行、後ろに乗る予定のミンヤンが敵を狙撃し、そのままチュンメイが捕まっている場所まで向かいチュンメイを回収、という流れである。
今中国にある軍用機の中で最も速く移動できる物を使う。
西部民族が敵の襲来を長老に知らせる間もなく長老の元へ辿り着けるだろう。
長老とチュンメイさえどうにかできれば、後はただただ戦うのみだ。
先に隠れて待機しているティエンとリー、リューシェンが暴れてくれる。
鈴は国民に知らされていない殲滅戦が始まればすぐ騒ぎ出すであろう中国メディアを押さえた後、遅れてティエンと合流するらしい。
タイランが軍用機の管理場に到着すると、ちょうど清掃が終わったところのようだった。
歩いていた清掃係の軍人女性2人が、ふとタイランの使用する予定の一機を指差して言う。
「あの機さ、ティエン中将、見ただけで扱い方を把握したらしいよ。誰も教えてないのに」
「あー。子供って機械の扱い方すぐ把握しちゃうよね」
違う。ティエンが見ただけで把握したのは恐らく“子供だから”というだけではない、とタイランは思った。
「ティエン中将をただの子供扱いできるのは会ったこと無い人だけだよ。私1回見たけど雰囲気からしてもう違うもん。タダ者じゃないオーラやばい」
「…でも、10歳でしょ?」
「10歳だからやばいんじゃん。最年少でこの大中華帝国の中将になったんだよ?意味、分かる?ティエン中将を敵視する人多いけど、その人達も実力に関してはティエン中将を認めざるを得ないんだよ」
片方の女軍人は長年ここにいるようだが、もう片方はまだ新人といった様子だ。
(……その通りだ)
自分も認めざるを得ない人間の一人である。
タイランは無意識にぎゅっと拳に力を入れていた。