深を知る雨
―――仲間の登場は、予定とは少し違う形だった。
「チュンメイ!もういいぞ!」
外から聞こえてきたタイランの声に、チュンメイは自ら縄を外して立ち上がる。
その様子に男たちは目を丸くした――と同時に、テントに入ってきたタイランに蹴り飛ばされた。
チュンメイも近くにいた男を殴り飛ばしながら、タイランに聞く。
「どういうこと!?軍用機で突っ込んでくるんじゃなかったの!?」
「予定が変わった!先にお前だけ回収する!」
次々に襲ってくる男たちを蹴散らしながら、タイランはチュンメイの腕を引っ張って強引に外へと導く。
チュンメイとしてはまだ男たちに仕返しをしたいところだったのだが、その手の強さに従うしかなかった。
テントを出た後も西部民族からの攻撃は止まなかったが、タイランが武器で対抗し、何とか距離を取ることができた。
ある程度距離を開けると西部民族たちは防衛対策を優先したのか追ってこなくなり、タイランは息を整えながら改めてチュンメイの方を向く。
「遅くなって悪かった……!」
「…私は別に平気よ、これくらい」
そう言った途端タイランに強く抱き締められ、チュンメイは予想外のことに体の痛みを忘れた。
「本当に悪い、お前が危険な目に遭ってるってことは分かってたはずなのに……!」
「……平気だって言ってるでしょ。貴方が助けに来てくれるって、分かってたもの」
タイランの体の温もりに心底ほっとして、チュンメイは体の力を抜く。
が。
「……あー…いい感じのとこ悪いんだけどぉ、こっちの存在も気にしてくれないとリー困っちゃうなっ」
いつの間にか近くにいたらしいリー・リューシェン班が気まずそうに声を掛けてきて、2人はすぐに離れた。
「こ、これは違う!」
「そ、そうよ、ただ私がよろけて……!」
「鈴からミンヤンを通じて連絡が来てるよ。“正直なかなか真っ直ぐ操縦できないからお前らに当たるかもしれない。できるだけ遠くに避難しておけ”だって」
顔を真っ赤にする2人など気にせず、リューシェンが用件だけ伝える。
―――――が、少し遅かった。
物凄い音を立てながら、軍用機が既にこちらに向かっているのが見える。
素人が操縦しているとはいえ、大中華帝国一のスピードを誇る軍用機だ。
あっという間にこちらに到達してしまうだろう。
「……えー…ちょっとやばくない?あの向きのままだと俺らにぶつかるよ」
「ミンヤンが乗ってるから大丈夫だってっ。リーたちのこと見えてるでしょっ」
「……だが、例えミンヤンが鈴に伝えたとしても、素人に咄嗟の方向転換ができるとは思えない」
「え、本当に鈴が操縦してるの!?駄目じゃない!」
「……しょーがないなぁ。3人共、リーに乗って」
リーが3人を体に乗せ、増強能力を使って地を蹴る。
リーが凄いスピードを出して走ったおかげで、ギリギリにはなったものの軍用機を避けることができた。
リー達の後ろを通り過ぎた軍用機は、スピードダウンしながら西部民族のテントへと突っ込んでいく。
窓を開けて身を乗り出したミンヤンが機関銃で人々を攻撃した。
―――――それが、合図。
「さーてっ久しぶりに暴れますかぁ」
逃げ惑う西部民族を、リー達が元気に殺していく。
あちこちから黒煙が燻り、死体の山ができていく。
その凄惨な光景を、戦えない西部民族の女子供は呆然と眺めていた。
減少傾向にあるとはいえ世界的に見ても人口の多い大中華帝国の凡そ10%をも占める西部民族が、平均年齢16.5歳のたった6人の将官佐官により、滅ぼされかけている――――俄には信じられない状況である。
何よりも注目を浴びたのは、停止した軍用機の中から現れた女と、それを待っていたかのようにどこからともなくふらりと姿を現した少年のコンビネーション。
初めて共闘したとは思えないほど、ティエンと鈴の息はぴったりだった。
鈴の側がティエンに合わせていたのは確かだが、それと同時に運命とも呼べる2人の相性の良さがあった。
世界最年少にしてSランク能力者となった少年。
次から次へと真新しい武器を体から取り出して試すかのように使用し、他者を殺しながら舌なめずりをする、とても子供とは思えない男。
今や世界トップクラスの軍事力を誇る大中華帝国軍の上将兼中将の役割を果たす、異例の10歳。
無邪気に争いを好むその姿は、慈悲を知らない子供と言うよりも。
「戦鬼だ……」
――――――まるで、鬼。
別のテントに運ばれ休んでいた長老はハッと目を覚まし、自分が倒れていた間に世界が大きく変化していることに気付く。
「長老!いけません、隠れていてください!」
他の者の制止も押し退け、震える足で何とか騒ぎの中心部まで辿り着き、彼は“その”光景を見た。
鈴は彼の存在にいち早く気付き、笑う。
「地獄へようこそ、長老」
――――そこは確かに、地獄以外の何処でも無かった。
気付けば長老以外の西部民族は殆どいなくなっていた。
長老を先に始末する予定だった彼らだが、長老がいれば西部民族はそう遠くへは逃げないと判断し、最後まで生かしていた。
大中華帝国の西部の中の、最北端。
何もないその地で、彼は民族の滅亡を目にした。
仕事を終えた他の5人も鈴たちの元に集まり、長老を囲む。
長老の正面に立ったのはタイランだった。
西部民族の最後の1人を、タイランは責任を持って殺すつもりでいた。
しかし。
「―――どうして他民族だからって排除されなきゃいけないんだ!どうしてお前らは自分達と異なる人間を受け入れられないんだ!!」
叫んだ長老のその言葉に怯んだ。
西部民族殲滅戦を提案したのはタイランだ。
だが、今になってこの作戦の正統性が分からなくなった。
こんなに多くの人間を殺す必要があったのか。
他にやりようがあったのではないか。
近々大戦が起こったとしても、西部民族を味方につけていれば、大きな戦力になったのではないか。
他民族といえど同じ大中華帝国の国民。
どうして自分はこんなことを、と、手が震えた――次の瞬間だった。
「ごめんね、共存って難しいんだ」
―――鈴が容赦なく長老の首をはねたのは。
タイランは、いや、その場にいた将官佐官の全員が思った。
この女は時折冷たい目をする女だと。
勢いよく吹き出す赤から、タイランは目を逸らした。
「なっさけないなぁ少将さんは。何躊躇ってんの」
「……某は、あいつの言ったことが正しいと思う」
「そうだね。私も思うよ。あの長老の言ったことは正論だ」
「……」
正論である。でもだから何だ、と言いたげな目で見られ、タイランは黙ってしまった。
そうだ。
いくら長老の言うことが正しかろうと、今それに気付こうと、殺した民族は戻ってこない。
今更気付いても、遅いのだ。
「まぁ今回のことは模擬戦だとでも思ってよ。いい経験したじゃん、私も、お前らも。戦争はまた始まるからね。そのうち必ず」
「……どうしてそんなことが分かる」
「世界情勢見りゃ分かるでしょ。各国は間違いなく同じ道を辿ってる。気付いてないなんて言わせない。私の予想では今から6年以内」
「嫌な時代だよ、まったく」と笑って歩き出した鈴は、新ソビエトとの国境沿いへと近付き、新ソビエト側の地を眺めた。
「あっそうだァ。それならさァ」
と。それまで戦いの余韻を楽しんでいたらしいティエンが漸く口を開く。
「その時がくれば鈴がうちの上将になればいいんじゃなァい?」
「はぁ!?」
ティエンのいきなりの発想に驚いた声を出したのはタイランだけで、他は何も言わない。
「……いいの?」
「いや、お前……何で乗り気なんだ」
「いいよいいよォ。それまで上将の枠開けとくからさァ」
「いや、駄目だろ……他国の人間を軍の上将にするなんて前代未聞だ」
「かってぇなァタイランは。タイランだって思ってんでしょー?鈴が強い人間だって。少なくとも敵にはしたくないでしょ」
「……」
鈴を上将にしてはいけない理由なら沢山思い付く。
しかし、どこかこの女を味方につけたいと思っている自分がいることも、確かだった。
「私は賛成よ」
真っ先にそう言ったのは、意外にも真面目なチュンメイで。
「じゃあ俺も」
「リーもっ」
「おれも賛成だ!ポォォォォォウ」
どうやら常識人は自分だけらしいと気付き、タイランは大きな溜め息を吐く。
「んじゃ過半数が賛成ってことで、決定ねェ」
「……いや」
「ん?」
「―――過半数どころか、全会一致だ」
タイランの遠回しな同意。
どうやらこれで、鈴がいつか大中華帝国上将になることは決定したらしい。
随分歓迎されたもんだと鈴は笑った。
未だ新ソビエトとの国境沿いに立っているそんな鈴を見て、ティエンはふと疑問を抱く。
「鈴、何でそっちばっか見てんのォ?」
―――そこにあるのは、鈴が今回西部民族との戦いに参加しようとした、もう1つの理由。
「……見たかったんだあ」
大中華帝国と新ソビエトの国境沿い。
超能力衝突をきっかけに今では何もないその地。
「―――どうしても見たかったんだ、ここが」
鈴、否、橘哀花は。
泣きそうな顔で笑った。
この日、日本帝国人である橘哀花と大中華帝国将官佐官の間で密約が交わされた。
彼らは彼女の本名を知らない。
彼らは彼女の年齢を知らない。
彼らは彼女の真の目的を知らない。
しかし。
彼女こそが自分達の指導者であると絶対的な信頼を置き、彼女の能力を最も評価しているのもまた、彼らなのである。