深を知る雨
第七章

2201.02.15




 《11:45 屋上》


雲1つない青空が広がっている。

大中華帝国と日本帝国の合同軍事パレード当日は、これ以上ないくらい天候に恵まれた。

いや、恵まれたと言うより、こういう天気の日に合わせたのだろう。

…………あーあ。

私もパレード楽しむつもりだったのになぁ。

ロボットに持ってきてもらった青汁を啜りながら、持参の椅子に座ってモニターを眺める。

ルフィーノの助言通り、最新型の警備システムを乗っ取っとっておいた。

画面に映っているのは入り口付近に設置しておいた特殊なカメラからの映像で、危険人物が来ると色の変化で分かるらしい。


「なァ、これ意味あんのー?」


隣で胡座をかいている協力者ティエンが、つまらなそうにに私を見てきた。

パレード開始からずっと監視しているが、これと言って何も起こらない。

ティエンが退屈するのも無理はない、か。

やっぱ悪戯の爆破予告だったのかね。


「何も無くて暇だしさァ、一発ヤっちゃう?」


クスッとまだ幼さの残る笑顔を見せてくるティエンに対し、


「寝言は寝て言え未成年」


バッサリ言い放つ。

いくら何でも15歳に手を出す程飢えてない。


「ひっでぇ。ボク鈴が襲ってくれるのずっと待ってるのにな。……あぁ、それともボクから襲おっかァ?鈴のこと磔にしてでもガンッガンに犯してやる」
「お前のその細腕で襲えるもんなら襲ってみなよ」
「……ふぅん」


――――一瞬。ほんの一瞬だった。

ティエンが体から短刀を取り出したのと、私の髪が僅かにはらりと落ちていったのは、ほぼ同時だった。

……対応、できなかった。


「成長したのは自分の方だけだと思ってんの」


いつの間にか私の正面に立っていたティエンは、カラン、と音を立てて短刀を床に落とす。


「あんま油断しちゃダメだよ?ボク天才だからさ。鈴のこと、すぐに追い越しちゃうかもしんない。そのうち鈴に打ち勝てるようになるかもしれない」


自分のことを臆面もなく天才と称して違和感が無いのは、私の知る限りティエンとお姉ちゃんくらいなものだ。


「……そしたら、きっとまた退屈な世界になっちゃうんだろうなァ」


先程の動きに私が付いていけなかったことを悲しむような声を出すティエンを見て、思わずハッと乾いた笑いが漏れた。


「調子乗んな」


予告無くティエンを掴み、――力任せに屋上から突き落とす。

さすがのティエンも予想していなかったみたいだが、この程度なら死なないだろう。ティエンだし。

案の定落下中に獣化能力を使って戻ってきたティエンは、「何すんの!」と割と怒ってきた。

飲みかけの青汁を一口飲んでから、


「私は確かにお前みたいな天才じゃないよ。でも足りない分を努力で補ってきた。お前とは年数が違う。成長し続けるお前に、私はいつか追い越されるのかもしれないけど――それは今じゃない。計算上、今この状況ならおよそ20回の攻撃で私はお前の息の根を止められる」


脅し文句を口にする。


決して強がりではない。

ティエンと私の強さの違いは、理想像があるかないかから生まれてくるものでもあるだろう。

身近に圧倒的な力を持つ者がいる人間は強くなる、と、私は思ってる。

私だってそうだった。

私の中にはいつだって、たった1人の理想像がある。

そしてその人は、ティエンよりも、もっとずっと強くて明晰だ。


「あんま舐めてっとアナル開発すっぞ、ガキが」


止めとばかりにそんな脅し文句を付け足した時、ピピッ―――私の端末から、施設内にあるロボットの異常を知らせる音が鳴った。

……やっば!モニター見てなかった!

急いで端末を確認すると、ロボットがいくつか破壊されたらしかった。


すぐに位置を確認したが、この場所じゃ人が多すぎて誰がしたのか特定できない。


「……ほんとに来たか……。あの爆破予告と関係するのか分かんないけど、このロボットの壊され方からして、向こうには電気系統を操る能力者がいるだろうね。根本的には私の能力と同じ。精密さでは私が上だけど、応用力なら向こうが上」


ティエンに説明しながら再びモニターを見ると、赤色に映る人が入り口付近にちらほらいるのが見えた。

恐らく仲間だ。これ以上の侵入を許すわけにはいかない。

持ってきていた黒い荷物入れから素早く麻酔銃を取り出し、セットする。

躊躇うこと無く狙い打った。


「鈴、遠隔射撃なんかできたんだァ?」
「軍人舐めんな。…ってかあんたもできるでしょ、名ばかりの中将とはいえ」
「名ばかりって酷いなァ。いちおー軍の訓練じゃトップ譲ったことねェよ?」


……あー、そういやこいつ優秀だったんだわ。

いい加減なくせに実力はあるって腹立つな……なんて少しのジェラシーを感じながらも確認すると、1発、2発、3発……全て命中していた。

続いて顔から個人情報を割り出す。

紺野司令官の予想通り、どいつもこいつも武力反対運動の参加者だ。


「問題はさっきモニター見てなかった時に入っちゃった奴をどうするかだなぁ……」
「このカメラって入り口付近の映像しか映んないのォ?」
「入り口にしか設置してないもん。今からじゃあちこちに設置するのは無理。周りにバレるし。壊された警備ロボの付近に危険物が無いか今別のロボに調べに行かせたから、とりあえずはその結果待ちだね。電気系統の能力者っつってもロボットに偽の証言をさせるほど器用な真似はできないでしょ、私じゃあるまいし」


と。遠くで正午の大砲が打たれた。

……もうお昼か、と立ち上がる。


「お昼休みはティエンだけでお願いね。モニターの方は任せたから。私お昼ご飯一緒に食べる約束してる人いるし」
「……はァ?」
「何、文句あるー?」
「ボク鈴がいるから来たんだよ?」
「私は交代制にするためにお前を呼んだ」
「ひっでェ!鈴の人でなし!悪魔!遊び人!」
「るっさいここ最近ずっと誰がお前の衣食住管理してやってると思ってんだガキ!」


勢いよく蹴り飛ばすと、ティエンは唇を尖らせながら渋々といった風に麻酔銃を手に取る。

よしよし、それでいい。


「いーい?1人も打ち損ねないでね」
「ボクを誰だと思ってんのォ?大中華帝国のチューショー様だよ?」


……そりゃ頼もしいこった、と半ば馬鹿らしくなりながらも屋上を後にした。


Aランク寮へ向かっていると、大勢の人が空を見上げていることに気付く。

……ああ、もう、か。

そう思ったのとほぼ同時に、凄い音が迫ってくる。

見上げれば、5機の機体が高速で飛行していた。

ぶつかるんじゃないかってくらい機体と機体の距離が近いのに、ぶつからない技術力。


空軍の曲技飛行チームだ。

寸分の狂い無く垂直上昇する様に鳥肌が立つ。


「本当、マルチに何でもこなす人ですね」


聞き慣れない声に話し掛けられ隣を見れば、そこにはいつの間にか見知らぬ男が立っていた。

見ない男ではあるが、知らない男ではないとすぐに気付く。

変装能力を使用している一也だ。


「そうだね。……相変わらず、すっごい」


私はもう一度空を見上げて同意した。

今回は曲技飛行チームに混ざり、泰久もあれを操縦している。

見ているうちに、機体が演出で四方八方に別れた。

泰久の操縦しているであろう機体を目で追っていると、一也がふと聞いてくる。


「何でそっちばかり見てるんですか?」
「言わせないでよ。泰久だからだよ」
「は?」
「え?」
「……何でそんなこと分かるんです?」
「え?分かるでしょ。操縦の仕方で」
「……」


驚いた顔をされたことで、一也には分からないということが分かった。


「そんなに難しいかな?見分けるのって」
「……あなたしか無理ですよ。あれほど動きが揃っているのに見分けられる方が異常です」
「異常て!」
「――余程見ておられるんでしょうね、泰久様を」


一也の声のトーンが変わった気がして空からそちらに視線を移すと。


「ッうおっ!?」
「ああ、すみません手が滑りました」
「いや絶対わざとだよね明らかに目潰ししようとしたよねあとちょっと反応が遅れてたら私の目に直撃だったよね」
「少し腹が立ったもので」
「アグレッシブか!」


いつになく攻撃的な一也にビビりながらも時刻を確認すると、約束の時刻がかなり迫っていた。

いけないいけない。泰久を見てる場合じゃない。

これ以上かっこいい泰久見るともっと好きになっちゃうだろうしそろそろ行かねば。


「あ、そうだ」
「はい?」
「一也も来る?Aランク寮。お昼食べるんだけど」


今日は泰久も空だし暇なはずだ。

訓練で一緒になる泰久ほどではないにしろ、一也だってこの間神戸でAランクの皆とは多少交流したはずだし、連れていっても問題は無いと思う。

だから誘ってみたのだが、割と素早く断られた。


「遠慮しておきます。苦手なんですよ、大勢の前で食事をするのは。というか、食事をしているところを見られるのが嫌いです」


一也はそう言ってから少し間を置いて、自嘲的に付け加える。


「獣みたいで汚いでしょう?」


それは誰が見ても分かるくらい、自分のことが嫌いな人間の笑い方だった。


「……そ、そんな荒々しい食べ方するの、一也……」
「そういう意味じゃないです」


冷めた目で見られてしまったが、こんなことを言う一也を1人にしておけないと感じてその手を引っ張る。


「でもまぁ、さ。食べないにしても一緒に来てよ。隣にいるだけでいいからさ」
「…はあ」
「一也はもうご飯食べてるけど私が無理矢理連れてったってことで。ハイ、じゃあ行きましょー!レッツゴー!」


遠足に行くかのようなノリで歩き出すと、私より少し後方にいる一也が、ちょっとだけ笑った気がした。




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