深を知る雨
「遅かったね、哀」
Aランク寮に着くと、既に小雪と雪乃が到着していた。
最近はAランク寮でお昼ご飯を食べることが多くなってきていたのだが、今日は小雪にも誘われたので、どうせなら皆で一緒に食べないかと提案した。
あのお好み焼きパーティーとほぼ同じメンツ。
小雪があの日みたいに途中で帰ることは無いだろうし、雪乃も楽しそうだし、私としては言うこと無しだ。
しかし、楓は居間に入ってきた一也を見てちょっと嫌そうな顔をする。
「……何でそいつがいるわけ?」
「暇そうにしてたから連れてきちゃったぜ!駄目だった?」
「駄目ってこたぁないけど……」
一也をジロジロ上から下まで見た後、
「何考えてんだか分からないうえ殺人鬼みたいな目してる腹の黒そうな人間って本能的に嫌なのよね」
本人の前で正直な気持ちを述べる、遊曰く思ったことをそのまま口にするという楓。
確かに一也は目付き悪いし見た目怖いけど、悪い人ではない。
「か、楓、そこまで言っちゃあ……」
「酷いですね。多大な精神的ダメージを受けたので同じ分言い返すとすると、僕も貴女のような尻が軽そうで口が悪く礼儀を知らない人間は本能的に嫌いです」
こっちも言ったぁぁぁぁ!
だ、だめだ……意外とこの2人混ぜちゃダメなやつだ……混ぜるな危険だ……。
しかも薫がちょっと反応してるし!楓の悪口言われたことに対してイラついてるし!
「ま、まーまーまーまー!まずはお昼ご飯だよ!今日は何頼んだんだ!?おお!お弁当か!オレはハンバーグ入ってるやつがいーなー!!」
「あ?それは俺のだ」
「は!?何で!?選ぶ権利は誰にでもあるだろ!」
「俺がお前らの分全部ランダム注文したんだぞ。指を動かすという労力を使って注文したやつが1番偉い。よってこれは俺のだ」
「待て待て待て!このハンバーグはオレに食われたそうにしている!よってこれはオレのだ!」
「どこ見てそう思ったんだよてめぇふざけんな!」
「キャーコワイ!!こんな怖い人に食べられたくないってハンバーグが言ってる!!嘆いてる!!」
「あ、あのぅ……私のにもハンバーグ入ってるので、よかったら食べますか?」
先にお弁当を食べ始めていた雪乃がおずおずとまだ食べていないハンバーグを私に見せてくる。
「いい子!!」
「は?お前、女の弁当から貴重なハンバーグ奪うほど飢えてんのかよ、かっこわりぃな」
「ばっかオメー、雪乃があーんしてくれるって言ってんだぞ!?」
「えっそんなことは言ってな……」
「オレ夢だったんだよ女の子にあーんしてもらうの!それが今日叶うのか~ハァハァ」
「雪乃が怖がってるからやめなさい」
お姉ちゃん楓が降臨して私の襟を掴み動きを止めてきた。
「どうせもう1個頼まなきゃいけないんだし、ハンバーグ入ってるやつ頼むといいんじゃない?入ってない方をそっちの一ノ宮さんに渡してさ」
小雪がそう提案してくれたが、一也は食べない予定なので追加注文の必要はない。
「一也はもう食べてきたんだよな~、それが」
やっぱりこの中から選ばなきゃいけない。
でもハンバーグは雪乃のと薫のにしか入ってない。
「いい考えがありますよ、哀様。ハンバーグ弁当をもう1つ頼んで、あなたが2つ食べればいい」
「鬼かよ……」
この弁当屋ボリュームの多さで有名だし、さすがにこの量を2個は無理だわ。
「――……哀のためなら、俺が2個食べるよ」
「いや小雪何その決死の覚悟したみたいな顔?無理しなくていいよ?小雪が少食な方なの知ってるよ?」
「こ、ここはやっぱり私のを分けますよ。あーんはその、恥ずかしいので大勢の前では無理ですけど……」
「いや、ダメだよ雪乃。俺は雪乃にも哀にもハンバーグを食べてほしい。雪乃は普段あんまり食べないし、たまにはしっかり食べないと倒れちゃう。でも哀がハンバーグを食べて笑顔になってるとこも見たいから、……ここはやっぱり俺が、弁当を2個食べる」
「何やねんその溺れてる2人を助けて自分が死ぬみたいな発想……」
「ハンバーグごときで騒ぐなよ、うるさいな」
里緒がこちらを凍らせてきそうな目を向けてきたため背筋がぞっとした私は、大人しくハンバーグの入っていないお弁当を手に取ってすぐソファに座る。
その隣に一也も座った。なんだかんだ居てくれるらしい。
「ていうか、雪乃たち、何か前より随分仲良くなってない?」
「へっ!?」
楓の言葉に対しあからさまに動揺したのは雪乃の方で、小雪は涼しげな表情でコップの水を飲んでいる。
まぁ、楓がこの2人が一緒にいるのを見たのはお好み焼きパーティー以来だろうから、そう思うのも当然だ。
「和解したならいいことだわ」
「わ、わかい……和解……そ、そうですね……」
「何、雪乃は俺と和解してないつもりなの?俺のことまだ嫌い?酷いなぁ」
「ええ!?違うでしょう!?あれは寧ろ兄様が私に冷たい態度を取っていたのであって私はずっと……!」
「俺はずっと好きだったよ?」
「んなっ……!」
お弁当を落としそうになる雪乃の手を慌てて支えた。
雪乃がびっくりするって分かっててこういうこと言う小雪も結構意地悪だよなぁ……。
「兄妹仲のよろしいことで」
クスッと笑う楓は、当然ながらこの2人が男女の関係にあるなんて思いもしていないだろう。
遊は……ちょっと意外そうにしてる。私より前から気付いてたんだもんね、読心能力使って。こんな風になるとは思ってなかったんだろう。
と。気になるお昼のテレビ番組が流れ始めた。
『さぁ始まりました日本歴史秘話!今回のテーマは“血液型占い”!なんと、数百年前の日本には血液型占いというものがあったらしいんです!』
『ええ~っ!?何ですかそれ、血液で占うんですか?』
『いえいえ、何もいちいち血を抜いて占うわけではありません、ABO式血液型で人の性格を分類する文化があったみたいなんです』
『ええ!?血液型で性格を分類!?』
『では具体的に見ていきましょう。“A型は几帳面で真面目、恋愛に対して慎重な人も多い。気配り上手、勤勉”』
『えーっ!わたしA型です!』
『ぼくO型なんですけど、O型はどうですか?』
『えーっと、O型はですね。“おおらかだが怒ると怖い。明るい雰囲気や優しい人が好き。甘えん坊。どちらかと言うとインドア。好きな人に一途ではあるが冷たい一面もある。付き合うと喧嘩が増えたりもします”』
『ええっ!当たってるかもしれません!』
『意外と当たるんじゃないですか、血液型占い!』
「見事なバーナム効果やな」
「こういうのは多く言った方が勝ちだな。確証バイアスが働いてくれる」
「お前らもうちょっと楽しもうぜ……?」
面白そうなのに酷く現実的なことを言う遊と薫。
そういうこと言ってると女の子にモテないぞ!女の子は何でも一緒に楽しんでくれる男が好きなんだからな!
「因みにさ!A型って何人いんの?この中」
手を上げたのは、薫と里緒と遊と楓。
A型率高っ!
Aランク寮A型しかいないじゃん。Aランクだけに。なんちって。
「雪乃と小雪は?」
「私はB型です」
「俺はABだよ」
一也は確かOだから……O型は私と一也だけか。
「ABって珍しいな。俺初めて会ったわ」
「確かにAB型は比較的少ないけど、ここにもっとレアな型持ったやつがいるぞ!」
「あ?」
「なんとオレ、ボンベイ型なんだ!出現頻度1%以下!」
「自慢げに言ってる場合じゃねぇだろ、Ohだと輸血の時困るぞ」
か、薫に心配された……。
いいもんね、現代は治癒能力とかいう便利な超能力があるし、それに……それに。
一瞬無から血液を生み出せる“あいつ”の顔が浮かび嫌な気持ちになった。
そりゃあいつなら私に輸血できる血液だって作れるだろうけど、絶対に頼りたくないしな。
一瞬でもあいつの顔を思い浮かべた自分を恨めしく感じていた時、ふと端末にメッセージが来ていることに気付く。
さっき様子を見に行かせたロボットからのメッセージだ。
〈爆発物を発見しました。直ちに処理班を要請します。〉
……マジかよ……。悪戯じゃなかったのか。
「どうされました?」
「あっ、いや、何も」
まずった、動揺したの顔に出てたか?
端末は盗み見防止機能で誰が横にいようと画面を見られることは無いけど、私が顔色変えたら良からぬ内容であることはバレる。
平静を保たなくては。
「そういやさ、話変わるけど、さすが日中合同イベントなだけあって警備ロボ多いよな今日。トイレにもいたからびっくりしたぜ」
「ああ……でも今日、1台故障してましたよね」
と、雪乃。
「……え?」
「兄様とこちらへ向かっている時に、急に動かなくなったロボットがあって。あれは故障だなーって話をしたんです」
「珍しいよね、日本製のロボットの故障って。こんな時に使うものだから点検だってしてるだろうし」