深を知る雨



 《23:00 2人乗り飛行タクシー車内》


「お客さん、お連れさんまだですか?」
「んー、まぁもうちょっと掛かりますよ」


ガスの影響範囲外でタクシーを止めてもらい、楓と里緒の帰りを待つ。

今のうちにと思い隊長に電話をかけるが、なかなか出てくれない。

私が嫌で無視してるんだろう。仕方ないから隊長室にある電話、隊長のプライベート用の電話、隊長が浮気相手との連絡用に新しく作った電話、という風に色々な端末に繰り返しかけ続けてやると、とうとう諦めたのか出てくれた。


「Aランクの相模遊が里緒の確保に成功したって伝えといてもらえます?民間人への被害も出てません。殺害許可は取り下げるのが妥当かと」


真っ先に用件だけ伝えると、隊長は『……そうか…』と疲れたような声を出す。まだ確保できたかどうかは分からないが、遊が確保できなかったら私が無理矢理にでも連れて帰るからいつ連絡したって同じことだ。


「あのガス、貸してくれてありがとうございました」
『……二度と止めてほしいね、あんなことは。何が“渡さなかったら能力切る”だ。君の能力を急に切ったら日本がどうなると思っている』
「隊長が私の頼み事聞いてくれて助かりましたよ」
『ああいうのは脅しというんだ』
「やだなぁ、私が万一どうにかなった時のための緊急時の対策してない方がおかしいんですよ。この国は能力者に頼り過ぎです。私だって常に完璧に能力を使い続けるのは無理っすよ」


と。そこで窓の外に遊達が来ているのを見て、急いで通話を終了した。

案外早かったな、もうちっとかかると思ってたんだけど。

眠っている様子の里緒を抱えてやってきた遊は、タクシーに乗り込んでくる。さっきは画像だったが、実際に見ると本当に可愛い。眠り姫みたいだ。


「ていうか狭っ!」


一気に二人乗り込んできたもんだから、私は押し潰されているような状態になった。


「何で3人乗り取ってへんねん」


遊は自分の上着を脱いで寝ている里緒にかけながら、私に文句を言ってくる。

金ないっつったじゃん!? 後払いするにしても遊に奢ってもらうことになるわけだし、勝手にタクシー変えたら遊の負担が増える。知り合いに金銭面での貸しはあまり作りたくない。

飛行タクシーが走り出し、夜の空を飛ぶ。里緒の寝顔を月明かりが照らした。


「……お前の前で寝るってことは、それなりに気ぃ許してもらえたんじゃねーの?」
「それはどうやろ。能力の使いすぎで疲れて寝ただけやと思うけどなぁ」
「うーん、それじゃこれから仲良くなってくしかないな。直接じゃなくて電話で話すとかから始めてみたらどうだ?それから徐々に距離を…」


そこまで言った時、遊がずいっとこちらに顔を近付けてきた。

え、何。


「信用できへんとか言って悪かったな。……助かったわ」


意外にもちゃんと謝れる人間らしい遊は、言うだけ言ってそっぽを向いてしまう。


「…ふっ…ふふふふ…」
「何笑てんねん気色悪いな。里緒が起きるやろ」
「いや、だってさー。遊が可愛いから」
「はぁ?お前ほんま意味分からん」


以前より遊の口が悪くなっている気がするが、前向きに考えれば、それは遊が私に本音で話してくれていることを意味していた。

初めて会った頃のような作った笑顔は浮かべていないし、悪く言えば無愛想な感じだが、これが遊の素顔な気がした。

にやにやを抑えきれない私を見て、遊はちっと舌打ちし、とんでもないことを言ってくる。


「お前のことは無理に詮索せんといたろうと思ってたけど、やっぱやめたわ。徹底的に探ったる」


えええええ?ちょ、何でそうなるんだよ。


「覚悟しとけよ、チビ隊員」


遊はとても楽しそうに悪戯っ子みたいな笑顔を私に向け、私が必死にやめろと頼んでいるにも関わらず、結局寮に着くまで聞き入れてはくれなかった。




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