深を知る雨



「……どんな風に壊れたの?」
「よく分からないんですけど、女の子がロボットに触った時に急に動かなくなって。女の子の方もびっくりしたんでしょうね、すぐにどこかへ走っていきました」
「その子、どんな子だった?」
「えーっと……髪が桃色だったような。染めてるのか偽の髪なのか分からないですけど」
「……ふーん」


わざと興味なさげな反応を返し、お弁当をガツガツ食べる。

そして、ある程度食べ終えたところで能力を使って端末を鳴らし、画面を開いて大きな声を出した。


「あーーーっ!」
「……急に大声を出さないでください」
「そういえば昼休みにEランク隊員の集合あるの忘れてた!行ってくる!」


迷惑そうに見てくる一也に対しさもEランク隊員に呼ばれたかのように伝え、走り出す。


「慌ただしいわね……」


後ろから楓の呆れ声が聞こえたが、無視してAランク寮を出た。




ピンク髪の女の子ってだけで何人かに絞れるはずだ。

監視カメラを利用してピンク色の髪の子を探して―――っと……お、おう?

突然後ろから二の腕を強い力で掴まれ、体が傾く。

反射的に後ろを見れば―――そこにいたのは里緒。

え…触……っ!?


「り、里緒、男平気になったのか!?」
「どこ行くんだ」
「え!」
「どこ行くんだって聞いてる」


……何で?


「だから、Eランク隊員の集合があって、」
「嘘吐くなよ。何があったか言え」


何で、走ってまで追いかけてきてんの。


「……危ないことしようとしてるだろ」


何でそんな、切なそうな顔するんだよ。


「何も無いよ」
「……」
「里緒こそ、どうしたの?らしくないじゃん」
「……あんたのこと大切に思ってる人間がいるってことくらい分かれよ」
「え!?里緒、お前まさかオレのこと大切に思って……!?」
「僕は違う」
「ソ、ソウデスカ」


即答されてしまった。


……さて、どうしたものか。

ここに来て予想外の邪魔が入った。


何で里緒がこんな風に私を止めるのか全く分からないんですけど。

実際に爆発物が見つかってるんだから、仕掛けた奴を早めに見つけないといけない。

こんなところで止まってるわけには……。


「哀にいちゃん発見!」
「ぐふっ!」


唐突に後ろから腰回りに抱きつかれた。

振り返れば、整った顔立ちをした10歳にも満たないであろう少年が人懐っこい笑みを浮かべてこっちを見上げていた。


「……隠し子か?」


里緒がすっと私から手を離す。

いやちげーよ有り得ねぇよ。


「哀にいちゃん、今から僕と遊んでくれるんだよねっ?」


いやお前誰だよ。


「おにーさんは哀にいちゃんの知り合い?悪いけど哀にいちゃんはこれから僕と遊ぶんだよ!」
「……は?」
「哀にいちゃん取らないでね!」


少年はぐいーっと私の手を引っ張って里緒から遠ざける。いや意味が分からない。お前誰。


「……あんた、この子供と遊ぶために顔色変えて出て行ったわけ?」
「あ、あぁそう、うん!さっき来た連絡もこの子からだったんだけど、皆にはちょっと隠したくてさ。ほら、オレが子供の面倒見るとか柄じゃないじゃん?」


よく分からないがこの流れを利用しておいて損はない。


「……あっそ」


拍子抜けしたらしい里緒は、「追っかけてきて損した。無駄な体力使った」と吐き捨てるように言いながらあっさり踵を返して戻っていってしまう。


……ふう。とりあえず里緒は回避。

次の問題は、


「お前誰?」


この何故か私の名前を知ってるガキだ。

よく見たら誰かに似てるような……誰だろ?


「僕の名前は紺野吉治《こんのよしはる》です!哀にいちゃんの助っ人をするために来ました!」


――…“紺野”、だと……ッ!?


「お、お前まさか……」
「ここの総司令の息子です」


紺野司令官の息子!?楓の弟!?


「す、助っ人って、お父さんに言われて来たの?相手は爆弾持ってるかもしれないんだよ?無理しなくても……」
「大丈夫です。僕は父さんの下僕ですから。父さんの言うことは絶対です。命令に背くことはできません」


一体どういう教育をなさってるんですか、紺野司令官。

我が子に笑顔で自分の下僕と言わせる紺野司令官を思い浮かべ身震いしながらも、確かに外見は似ていると納得する。


「手伝ってくれるのは嬉しいけど、あんまり無理しちゃダメだよ?危険人物が相手なんだから」
「哀にいちゃんは優しいんですね」
「……オレは優しくねーよ」
「優しいですよ。友達を2度も助けたでしょう?」
「あ、あの野郎、息子にそんな話までしてんのか……」
「いいんですか?目上の人に“あの野郎”なんて」
「いいんだよっ!あの人性格悪いし人困らせて楽しんでるしオレの友達苛めるような奴だし!てかもうオーラからして悪者感出てるよね!同じ日本帝国軍の人間なのに敵キャラ感半端じゃないよね!こびりついた悪役感っていうか!吉治くんも無理してあんな人の言うこと聞かなくていいんだからね!?嫌なことは嫌って言いなよ!?」
「ほ~う」
「えっちょっ何その目!やめてよ!?チクんないでよ!?」
「考えておきます」
「チクんないでください吉治様お願いします」


ククッと悪戯っぽく笑う吉治くんの笑顔は、楓や紺野司令官に似てると思った。

……何か、纏ってる雰囲気が子供っぽくなくて調子狂うなあ。

変な色気があるっていうか年齢に似合わない落ち着きがあるから怖いっていうか。


「…えーっと、それで?助っ人って言うけど、お前はオレに何してくれるわけ?」


紺野司令官がこんな子供を寄越してきた理由が分からない。一体何考えてるんだ、あの人……。 


「あ、何もしません」
「助っ人なのにか……?」
「僕が命令されたのはあなたの監視です。助っ人という名目であなたの動きを報告するようにと言われました」
「あっいつ……!」


思わず頭を抱えてしまった。

楽しみすぎだろあのオッサン!


「……まぁいいよ。とりあえず現状報告だけしとくけど、ほんとに爆弾を持ち込んできた人がいる。あの爆破予告は悪戯じゃない」
「それは大変だー」
「いや大変だって顔してねーだろお前!子供なんだからもうちょっと怖がれよ!」
「哀にいちゃんが何とかしてくれるって聞いてますんで」


にこお、と笑顔でこちらにプレッシャーをかけてくる吉治くんから紺野司令官の血を感じた。

ティエンのいる屋上までさっさと行きたいけど、訓練所へ向かう一般人が多いせいか施設内移動用の無人タクシーを拾えない。

一般人の軍事施設内への出入りは今日に限ってある程度は許可されているため、珍しいもの見たさに訓練所の食堂を利用する人が多いらしい。

……うーん、ティエンの方からこっちに来てもらおうかな。獣化能力使って飛んでくりゃ早いっしょ。

歩きながらティエンに電話をかけ、状況を聞く。


「もしもーし?どんな感じ?」
『危険な奴らは最初に一気に入ってきたって感じかなァ。今入ってきてる奴らは大体セーフの色してる』
「そう。じゃあ今から航空機格納庫の裏まで来てくれる?眠らせた人間を運ぶようロボットに指示してあるから、そいつらから情報を引き出す」


出入りを許可しているとはいえもちろん一般人の立ち入り禁止区域に指定されている場所はいくつかある。

航空機格納庫やその周辺もそうで、今日は軍人でもあまり近寄らないはずだ。




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