深を知る雨


 《13:15 航空機格納庫裏》天side



鈴が離れていった後、隣の吉治とかいう餓鬼が話し掛けてきた。


「優しいですね、彼女は」
「……“彼女”ねェ。気付いてんだ?」
「僕は空間把握ができます」


空間把握ってことは、瞬間移動能力者か気流操作能力者か……どちらにしても能力者ではあるらしい。

能力を持った子供がその辺にいる日本帝国、こっわいなァ。超能力開発進みすぎ。


「本当に優しい。……甘い、と言ってもいい」


吐き捨てるようなその言葉は、鈴に対してのものらしかった。


「殺す許可をあなたに与えなかった。生かしておけということですよね。他の仲間を探す間、ここにいる人間は見張りでもつけない限り何をするか分からない状態になる。後々面倒なことにならないよう始末するのがベストであるはずなのに、彼女はそうしようとしない」


……あーあ、こいつに見せてやりてェな、人を殺そうとする時の鈴の目を。

同種を狩る眼があれほど似合う人間はそういない。

この人は人を殺すために生まれてきたんだな、とすら感じる。

あの目を見れば、誰もがあの人に殺されることを求めてしまうだろう。少なくとも、ボクは求めた。


「―――あの人のこと優しいなんて言えるのは、あの人の表面しか見てない人間だけだよ」


鈴が殺すなと言ったのは、武力反対派の連中が謎の失踪を遂げれば、その家族や友人が軍隊への不信感を募らせる可能性があるからだろう。

社会問題になりかねない。

殺せばそれこそ後が面倒なのだ。ただそれだけ。

鈴は決して人の命を大切にしているわけじゃない。


「まず、ボクにこういうことを任せる時点で優しくはないよねェ」


半笑いで拘束されている男に近付き、尋問を開始する。


「たった12人でどう動く予定だったのォ?」
「ほ、本当は、この計画は今ここにいない2人のみで実行される予定だったんだ……。ここにいない仲間の1人は、警備ロボットを壊せる能力者だから……。でも警備ロボットを壊せばネットワークで繋がっている他のロボットに連絡がいくし、他のロボットが来るまでに爆弾を多く置くには人数が必要だった。お、俺は最初から反対だったんだ、こんなこと!俺だって武力には反対だけど、爆破までする必要はないって言ったのに!しゅ、主犯はあの2人で、俺は悪くな、」


話を脱線させてゆく男にムカついて顔面を蹴り飛ばすと、男は床に頭をぶつけて呻き声をあげた。鼻血も出ている。


「必要ねェことまで喋んなめんどくせェ。1人はロボット壊し、もう1人の役目は?」
「あ、あ、合図だ……!爆弾を手動で爆破させる時に、く、口笛を、吹くって、」
「口笛?こんな人多くて五月蝿いのに聞こえんの、そんなん」
「しゅ、主犯のもう1人は、音を操る能力者で……」
「ふーん。手動で爆破ってのは何時頃にやる予定だったのォ?」
「そ、それは……」


ちらりと自身の腕時計に目をやり、黙り込む男。

そこまで言っていいのかという迷いが見えた。

……この期に及んで。バカなんじゃねェの、こいつ。


「ッ!……ア……」


収容していた銃を取り出し、男の片耳を半分飛ばした。

やっべー、今の音で他の奴ら起きねェよな?ま、どーでもいいか。

ボクは男の頬に銃をペタペタ当てながら、もう一度問う。


「な・ん・じ・ご・ろ?」
「ッさ、3時!午後の3時だ!で、でも俺たちがいなくなったことで予定を変更する可能性もある!」


3時なら、まだ時間はある。

一体どのくらい強いのかなァ、と、ボクは期待を膨らませた。





 《14:58 広場》???side


心臓がバクバクと音をたてる。

日中の軍事同盟を歓迎するかのようなこの青空も皮肉なものに見えた。

爆弾のスイッチを手に握り、コートのポケットに手を突っ込みながら、わたしは白い息を吐いた。


ついに、この時が来た。

わたしが英雄になる時が。


お前らには、平和のための犠牲になってもらう。


―――日本帝国軍、大中華帝国軍それぞれの一般部隊の合同行進。


一般客に紛れ込み、動きを揃えて歩く軍人たちを静かに眺める。

今、仲間がこの先に爆弾を仕掛けてくれている。

そしてある程度離れたら、口笛で知らせてくれる。

わたしは爆弾の影響を受けない範囲、かつ爆破が上手くいったか見届けられる位置にいなくてはいけない。

生き残った一般客はすぐに逃げ出そうとするだろう。わたしもその波に乗って逃げる。



爆破予定時刻は午後3時。そろそろだ。

仲間の殆どは何らかの警備に引っ掛かってしまったようだが、2人でも、必ずこのパレードを中止に追い込んでみせる。


もうすぐ3時。

爆弾を設置するうえで何か不都合が無い限り、あいつが口笛を吹いてくるはずだ。



3、2、1――――……


―――口笛の音は、聞こえなかった。



いや、かき消されたのかもしれない。

周囲の人々の端末が何故か同時に鳴ったため、その音しか聞こえなかった。


「っかしぃなぁ、電源切ってたはずなのに」


隣の一般客が首を傾げながら端末を開く。



……しまった。タイミングを逃した。

歩く人の波に流され、爆弾の影響範囲内に入ってしまった。

クソ、うまくいかないことばかりだ。


計画が順調に進んでいるとは言い難い。

今更爆弾の位置を変えるのは無理だ。

ここは怪しまれてでも逆走して、距離を取らなくては。


そう思って周囲の人を押し退けて走り出したその時――――誰かにぶつかったような気がした後、視界が真っ暗になった。

目を開いているはずなのに、まるで目を瞑っているかのような。暗闇しか、ない。

落ち着け、暗順応曲線を思い出せ。錐体細胞、桿体細胞の順に光閾値が低下し、徐々に見えるようになってくるはずだ。

そう思って待っていたのに、私の網膜は一向に暗闇に慣れてくれない。

ひょっとしたら、ここには何もないのかもしれない。闇しかないのかもしれない。

何もない空間に……いる。


それを恐ろしく感じて後退ると、


「うわっ!?」


誰かとぶつかってしまったらしく、後ろから声がした。

もう1人の仲間の声だった。


「お、おまえ、いるの?」
「先輩こそ……、何なんですかここは。何も見えません」


武力反対運動グループの後輩。

今回合図を任せた、音を操る能力者だ。


「口笛、鳴らした!?」
「鳴らしましたよ!でも何も起こらないから……心配で戻ってきたら、男の子に会って、その後真っ暗に……」
「男の子……?」


そういえば、わたしがぶつかったのも男の子だったかもしれない―――と思った時、パッと視界が明るくなった。

眩しくて目を細めたが、先程とは随分違う場所にいることだけは分かる。


「あーあ、人の収容は体力使うからやなんだよねェ」


真後ろから男の子の声が聞こえてバッと振り返る。

そこにいたのは男の子だけでなく、拘束された10人の仲間たちだった。


…………なんなの、この状況。

急いで辺りを見回すと、女の人と幼い子供が正面に立っていた。―――囲まれている。


「これ、貰うねェ」
「あっ……」


驚きで力が抜けてしまっていたところで、爆弾のリモコンを手から奪われてしまった。

何なのよこいつら……!見たところ警備員でもない。



「―――わたしの邪魔をっ……しないで!!」



後ろにいる少年に向かって全力で電撃を浴びせる。

本来は物体に触れなければ発生しない能力だが、わたしは今日この日のために鍛えてきた。

この距離なら踏ん張れば……!


「ッ、」


怒りに身を任せたからか思った以上のパワーが出て、少年は電撃を正面から食らい後方に飛ばされる。

……っ、やれる!これならやれる!

続けて正面にいる女性と少年にも電撃を浴びせようとしたが、力が出ない。

当然だ。先程触れずにあれほどのパワーを出してしまったのだから、私に残っている力はあと僅か。


触れて電流を流すしかない、と手を伸ばした――が、



「――――いいねェ」



背後から不気味な威圧を感じ、思わずその手を引っ込める。

恐る恐る振り返れば、そこには先程吹っ飛ばしたはずの少年が立っていた。

ボロボロになっているというのに、結構な電撃を食らったはずなのに、そうすぐには動けないはずなのに、笑みを深くして近付いてくる。


「いいねェいいねェいいねェいいねェいいねェ!!」


恍惚とした表情で反撃を開始した少年の動きは、見えないってくらいに素早かった。

刀で切り付けられ、血が吹き出す。



――――やばい。

――――これはやばい。

わたしが対応できる相手じゃない。



本能的に危険を感じ、悲鳴のような声が出た。


「気絶させて!!」


仲間への命令だ。

爆音でこの場にいる全員を一旦気絶させてくれ。

とりあえずはこの場を切り上げなければ―――しかし。


仲間が出したはずの爆音で気絶した人間は、1人もいなかった。




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