深を知る雨



悶え苦しむ私を泰久が不思議そうな顔で見てくる。

この鈍感が!天然たらしが!


「…………麻里と何話してたの?」
「寮が壊されて大変だとか何とか……あいつも災難だな」


申し訳ないです。

私のせいだから何も言えず黙っていると、泰久はパフォーマンスの方へと視線を戻し、落ち着いた声で言った。


「お前、今日は自由に楽しめよ」
「え?」
「お前の欲求不満解消のために行ったイタリィでもトラブルしか無かったからな。こういう時に楽しまないとだめだろう」


……そんなこと気にしてたんだ。

泰久の横顔がいつも以上に格好良く見えて胸が高鳴る。

いや既に自由にやってるっちゃやってるんだけどな。女子寮ぶっ壊したりさ。

でも……泰久が言うなら、もっと自由にさせてもらいますよ。

周りの人がパフォーマンスに夢中になっているのを確認してから、私はこっそり泰久の衣服に唇を押し付けた。

暗いしきっとバレない。


「……こら、何してるんだ」
「シルシ。泰久は私のモノだってね~」


小声で叱ってくる泰久に対しにやっと笑ってやる。

すると泰久はそっと自分の心臓の辺りに手を添え、真剣な表情で呟いた。


「持病が……。」
「じ、持病……?」
「……いや、何でもない。俺の問題だから気にしないでくれ。そのうち専門家に診てもらう……」
「は、はあ……」


一体何を患ってるんだと訝しく思っていた時、


「哀ー!」


後ろから楓の声が聞こえて振り返った。


暗くてよく見えないが、その近くには一也もいる。

一也が楓に何か言い、楓が一也に何か返しているのは分かるが、この距離では会話の内容までは聞こえない。


……? あの2人、仲良くなったのかな。










 《17:05 訓練所廊下》楓side



「アッハハハハハハハハハハ!ヒーッ」


ヒデオカメラを回しながら大笑いするあたしに、周囲の人間が不気味なものでも見るかのような目を向けてくるが、こんなの笑わずにはいられない。

あ、あいつらが……ッ!投げキッス……ッ!

永久保存だ。

一般部隊の女性陣や観客からは好評のようで目がハートになっている方々も多いが、正直あたしからしたらギャグでしかない。

腹を抱えながら笑っていると、ふと画面の隅に何かを見つめる一ノ宮一也を発見した。

……何であんな方向見てるわけ?パフォーマンス見るならもっと…………あ。

一ノ宮一也の視線の先には、ドレス姿の哀と東宮泰久。


「あんた、やっぱ哀のこと好きなの?」


訓練所を出て一ノ宮一也に話し掛ける。

感じた疑問を解消したくなった。

思ったことをすぐ口にしてしまいたくなるのはあたしの悪い癖だ。


「……貴女ですか」


面倒そうに一瞬だけあたしの方に視線を向けた一ノ宮一也は、しかしすぐ視線を戻す。

ひょっとしてあたしの質問無視するつもりなのかしらー、と思ったけれど、意外にもきちんと返事が返ってきた。


「“好き”なんて言葉では、到底表せませんよ、僕の気持ちは。それに、言葉にする気もありません」


一ノ宮一也は、聞いたこともないような悲しい声で、悲しい表情で、2人を見ている。


「お綺麗なあの方には、お綺麗な泰久様がお似合いだ」


正直、面食らった。

そういうタイプの人間じゃないと思ってたから。


えーーーー……どうしよう。

こいつ意外にも好きな人の幸せを傍で見守りたいんです系?

そのためなら自分の悲しみも隠しちゃう系?

見てられないわね、こういう奴。たまにいるけど。


「哀ー!」


呼び掛けながら哀の元へ走っていこうとするあたしの襟首を一ノ宮が勢いよく引っ張ってきた。


「何邪魔しようとしてんですか」
「邪魔しちゃダメなの?何で?誰が決めたわけ、そんなの」
「……、」
「あたし今哀に話し掛けたいし。邪魔したくないならあんただけここで待ってれば」


この女本当に空気を読めないんだな、という目で見られる。

確かに向こうの空気は読んでないけど、その代わりこちらの空気を読んだつもりだ。


「そんな顔するくらいなら、自分の気持ち圧し殺すのやめなさいよ。好きな人の幸せを心から喜べる良い子ちゃんなら別だけど、あんたそういうタイプじゃないでしょ。辛そうな顔しながら強がったって見苦し、―――…痛ッッッ!」


言葉の途中で脛を蹴られた。

こ、この野郎……!


「貴女に忠告されるまでもありません」


あたしが痛みで屈んでいるうちに、あたしより先に哀たちの方へと向かう一ノ宮一也。

かっわいくないわね……!

折角気ぃ使ってやったんだから、ちょっとは素直になって礼の1つでも言ったらどうなの!?

本気でムカムカしながら一ノ宮一也の後を追い哀たちのところまで来ると、予想以上に綺麗になった哀が立っていた。


「……へーえ、似合ってんじゃない」
「えっそう?うへ、うへへへへへへへへへ。楓に褒められちった~」
「その気味の悪い笑い方さえ直せば完璧ね」
「ヒドッ!」


いや、でも、本当に似合ってる。

いつも男の格好してる哀しか見てないからか、普段よりずっと女の子っぽく見えた。


「哀様は赤が似合いますね。お可愛らしい」
「そ、そう?へっへーん。今日はよく褒められるなぁ~」


と。いつの間にかAランクのパフォーマンスが終わり、薫たちがこちらへ退場してきていた。

……しまった、最後の方撮れてない!くっそー。


今度はぞろぞろとEランク隊員の人たちが出場し、会場にどっと笑いが起こる。

哀もあたし達に手を振り、その波に乗って去っていった。

入れ替わるようにしてこちらへやってきた遊が、ぼそりと一言。


「哀ちゃんめっちゃ可愛いんやけど」
「まぁあいつ可愛い系の顔してるし、そりゃ女の子らしくすりゃ可愛いでしょーよ」
「ほんまかわいい。たまらん」
「ハイハイ」


哀は遊がプレゼントしたであろう靴を履いて踊っている。


どいつもこいつも青春してるわねー。

あたしは関係ないけど。


里緒は男酔いしたのかげっそりした表情で薫と寮へ戻っていくのが見えた。


「あんた達もお疲れ様ねー」
「撮っとったんか……」
「これ使って後で薫をからかってやるわ」
「程々にしとけよ。好きな女に見られたくない姿いじられるんは男からしたらきついで」
「そーお?そりゃ楽しみだわ」
「意地悪やなー、ほんま」
「それ遊に言われたくない」


録画した映像を見直しながら思う。

こんなに楽しい時間も、これが最後かもしれないと。

もうすぐ戦争が始まることを思うと、このパレードがより有り難いものに思えた。


……あ、そうだ。


「哀のことも撮っとくわね。折角遊のあげた靴履いてるんだし」


恋する遊のためにも再びカメラを回そうとした時、隣の隣から鋭い視線を感じ思わず手を止める。

そちらを見れば、東宮泰久がじっとあたしを見ていた。


「……あの靴、相模が与えたのか?」
「え、ええ」
「いつだ?」
「いつって、こないだ皆で神戸行った時……むごっ」


隣の一ノ宮一也があたしの口を塞いできた。


どうやらこれは知られたくない情報だったらしい。


「どういうことだ?2人で行ったんじゃなかったのか?」


東宮泰久の声音に不機嫌さが滲み出ている。

その視線は、今度はあたしの口を押さえている一ノ宮一也に向けられていた。


「神戸……。まさかとは思うが、例の電波ジャックは……いや、愚問だな。考えてみればそれ以外有り得ない」


1人納得するように呟く東宮泰久の言葉を聞いて、やはりあの電波ジャックには何かあるのだと思った。

電波ジャックに関しては、遊があたしや薫に知り合いを使ったと言葉を濁して説明してきたが……あんなことができる知り合いってどんな奴よ、とその時は疑問に感じたのを覚えている。


「お前がいながら、何故あんな危険なことをさせた?」
「あの方が止めたって聞かないのはいつものことでしょう」


面倒そうに答えながら、一ノ宮一也はあたしから手を離す。少々困っているようにも聞こえた。


「そんなことをさせて、もしあいつが責任を問われたらどうする」
「それくらい回避しますよ、あの人なら。既にやってしまったことに対して文句言ったって仕方ないでしょう」


よく分からない会話ではあるが、何となく、“あの方” “あいつ” “あの人”が哀を指しているであろうことは分かる。

そして。


「怒るんやったらあいつでもそいつでもなく俺にせえ。あいつは俺の行動止めるためにあんなことしたんやし、そのおかげで救われたんは事実や」


ここにいるあたし以外の人間が共通してあたしの知らない何かを知っていることも、分かる。


「……お前があいつに頼んだのか?」
「いや?なんも。俺が人殺しになるかもしれへんって話聞いて、あいつが勝手に駆けつけてきた」
「……」
「俺と食事行きたかったらしいで?」


そう言って東宮泰久を見る遊の口角が上がっていて、その表情がやけに挑発的に感じられた。


「凄いよなぁ。そんな理由で、あんなこと」


……この会話、あたしいない方がよくないかしら?内容分かんないし。


「そういうことです。あまり怒らないでやってください。友人を助けることは世間一般では良しとされることですし、」
「もういい」


一ノ宮一也の言葉を遮ったのは東宮泰久だった。


「……もう、いい」


ゆっくりそう繰り返した東宮泰久はやっぱり不機嫌そうで、絶対もういいとは思ってないだろって部外者ながらに思った。




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