深を知る雨
《17:30 訓練所前》
Eランクの出番が終わった後、私は物凄く重要なことを思い出した。
――軍内部にいるもう1人のSランク能力者、見つけなきゃいけないんだった!
た、確か先月の23日くらいに1ヶ月で十分宣言をしてしまっていて、今15日で……締め切りもうすぐじゃん!
ど~しよ~~と頭を抱えていると、後ろから物凄い笑い声が聞こえた。
「だはははははははははははは!ちょっ、おまっ、だはははははははははははははははははははははははははははははは!!」
……何故私はこんなにも笑われているのか。
見なくても誰なのか分かる笑い声である。
「……何だよ、薫。出番終わって帰ったんじゃなかったのかよ」
「里緒寮まで送るために一旦戻ったけどな。一般客にも男は多いし、ほっとくのは気掛かりだろ?」
お前やっぱなんだかんだ優しいんじゃん……と言いかけたが、そんなことを言うとムキになられそうなのでやめておく。
「……にしても。だはははははははははははは!何だその格好は!だはははははははははは!」
「う、うっせーなぁ。そんな笑わなくても」
薫は私のドレス姿が面白くて仕方ないらしく、大声を出して笑っている。
「オレのこの格好からかうためにわざわざまた外出てきたのか?」
「いんや?それもあるけど、もう1つ用があってな」
それもあるのかよ。
くそ、薫に見つかる前に着替えときゃよかった、と悔しがっていると。
「今度一緒に、遊の誕生日プレゼント買いに行かねぇ?」
そんな唐突なことを言われ、思わず目をぱちぱちさせてしまった。
「何でオレと薫って組み合わせなんだよ?薫と楓が一緒に行けばいいんじゃねーの?」
「オレと楓じゃあからさますぎてバレんだろうが。毎年の組み合わせだし」
「楓がダメで次に誘うのがオレか……余程友達いねーんだな、薫」
「よしてめぇ今すぐ構えろ」
これ以上言うと喧嘩になりそうなので、いじるのはここまでにしておくことにした。
「分かったよ。オレも遊の誕生日祝いたいし。いつ?」
「遊の誕生日は2月の27だから、それまでに行かなきゃなんねぇ」
私の誕生日のちょうど1週間後か。
「分かった分かった。今度日付合う日探そうぜ。……あとさ、薫」
予想できないであろうタイミングで、“その”質問を投げ掛ける。
「お前、Sランク能力者だったりしない?」
「……はあ?」
……あー、やっぱり違うか。
私としても違うと思ってたし、反応からしてハズレだ。
隊長が真っ先に怪しんでたから一応聞いてみたけど、心底いきなりどうしたんだこいつみたいな目で見られただけだった。
「……何がどうなってそんな発想が出てきたのか全く分かんねぇんだけど」
「あー、いや、気にしないで。でもついでに聞いときたいんだけど、遊か里緒がSランク能力者ってことはない?」
いつも傍にいる薫なら何か知っていてもおかしくはないと思ったのだが、薫はバッサリと否定する。
「ねぇよ。賭けてもいいぞ。絶対にない。Aランク隊員にSランクはいねぇ」
「……何でそんな言い切れるんだよ」
「俺に遊のことで分かんねぇことがあるわけねぇだろ。何年の付き合いだと思ってんだ。……里緒は、ちょっとビミョーだけど」
「微妙ってなんだよ」
「でも、多分違ぇだろ。……マジでどうしたんだ?急に」
「……ごめん、ぶっ飛んだこと聞いて。忘れて」
「……なぁ、俺もぶっ飛んだこと聞いていいか?」
何だ?今日のパンツの色か?と思った矢先。
「お前、女だったりしねぇよな?」
「……はあ?」
「……あー、やっぱ違ぇな。そりゃ違ぇわな。超能力部隊に女がいるわけねぇもんな」
「……何がどうなってそんな発想が出てきたのか全く分かんねーんだけど」
「いや、忘れてくれ。喧嘩の時たまにそれ男の骨盤じゃできねぇだろってくらいの動きするし、最近里緒がお前と近くても平気そうにしてるし、もしかしたらと思っただけだ。アホなこと聞いた」
がしがしと頭を掻いた薫は、「明日の夜お前の部屋行くから待ってろ。じゃあな」とだけ言って去っていった。
…………あっぶねえええええええええ。
疑われてたの全然気付いてなかった!危ねええええ!
喧嘩するにしても注意しなきゃまずいな……。
骨盤って何だよ骨盤って。お前の目はレントゲンか。
こんな格好でいることすら危ないように思えてきて、急いで訓練所に入りトイレで着替えてドレスをEランク隊員のリーダーに返した。
靴は大切に元の箱に仕舞い、普段の靴に履き替えて訓練所を出る。
と。
「うひゃっ」
頬に押し付けられたのは、冷たいスポーツドリンク。
「お疲れ様です、哀様」
微笑みかけてくるのは、どうやら待ち伏せしていたらしい雪乃だった。
「何でここに……あ、Cランクのパフォーマンス見に来たのか!」
Eランクのパフォーマンスの後はCランクのパフォーマンスだ。
「これ、オレにくれるの?」
「あっ、すみません、これは飲みかけなので……。哀様のお誕生日のこと考えてたらちょうど哀様が訓練所へ入ってくのが見えたので驚かせようと思いまして、でも驚かせるにはこれくらいしか持ってなくて……」
可愛いかよ。
私を驚かせるためにスポーツドリンク構えて待つ雪乃可愛いかよ。飲みかけでも全然構わない。
「オレの誕生日のこと、小雪から聞いたんだ?」
「はい!私も頑張ってお祝いしますね。哀様のお誕生日は大雨みたいですし、外には出掛けられそうにありませんから祝うならやっぱりお部屋でかなって兄様が言ってたんですけど……それじゃ寂しくないですか?屋内で楽しめる場所、調べておきましょうか?」
「いいいい、そんなん。特別どこかへ出掛けなくても、祝ってもらえるだけで嬉しいよ」
「そうですか……じゃあ、部屋の飾り付け頑張ろう…」
小さく張り切っている雪乃を見ると本当に癒される。
つい数時間前まで爆弾処理してたのが夢のようだよ。
最後の誕生日をこんな可愛い子と過ごせるなんて、私は幸せ者だな。
「雪乃、楽しい?このパレード」
「…え?…はい、もちろんです」
「そりゃ良かった」
守れて良かったよ。中止にならなくて良かった。
誰かに思い出を残せて良かった。
「吉治くんにもお礼言わなきゃなぁ」
「“吉治くん”……?誰ですか?」
私の独り言に対し、雪乃が不思議そうに首を傾げる。
「え?楓の弟さんだよ」
雪乃にとっても義理の弟であるはずなのに、何でそんな顔するんだろう。
「え?姉様に弟はいませんよ?」
「え?」
「え?」
「え?ん?紺野司令官の息子さんだよ?いるでしょ?」
「え?義父様の実子は、楓姉様だけですよ?」
噛み合わない会話。何だ、これ。
……私、何か、見落としてるような。
何だ?何を見落としてる?
紺野吉治は紺野司令官の息子ではない?
―――なら、あれは誰?
紺野吉治は紺野司令官の息子を名乗っていただけ?
―――一体、何のために?
紺野吉治は紺野司令官の隠し子?
紺野司令官の義理の娘である雪乃ですらその存在を知らないほどの?
いや―――違う。
“紺野吉治”という人間は、この世に存在しないのだ。
「……雪乃」
「はい?」
「オレの分も小雪の出番見といてくれる?オレちょっと、用事思い出しちゃった」
「…は、はい」
私の表情からして真面目な用事であることを察したのか、雪乃は大人しく頷く。
いるかどうかは分からない。
でも、多分いるだろう。
私のことを待っているはずだ。
行き先は―――中央統括所。