深を知る雨


辺りはすっかり暗くなっている。

寒空の下走ってきた私は、統括所の暖かさを有り難く思いながらもそこへ進んだ。


「こんばんは」
「遅かったな。もっと早く来ると思っていたよ」
「それはすみませんね、そちらとは違って忙しいもので」


軍服を身に纏い椅子に深く腰を掛けている紺野司令官は、無許可で入ってきた私に対し目を細める。

そうすることで目元の皺が深くなるが、そこに妙な色気があるのがまた腹立たしい。


「どうです?楽しめました?今日のパレード」


聞きながら、ゆっくり紺野司令官の元へと歩いた。

デスクを挟んで正面に座る紺野司令官が私を見上げる。


「あぁ。随分と派手にやってくれたね。おかげで一般部隊の女子寮を建て直さなければならなくなった」
「私のせいみたいに言いますけど、あなたにも責任はあるんですよ?分かってます?」
「ふ、そうだな。これは仕方ない。しかし、女子寮爆破直前の君の指示は上手かったらしいな。君にはその場にいる人間の使い道を即座に判断できる力がある。司令官に向いているよ」
「そうですかー?総司令の座狙っちゃおっかなぁ、紺野司令官どっかに飛ばして」
「悪いが僕はこの仕事を気に入ってるんだ。そう簡単に退く気はない。人を動かすのは実に愉しいからね」
「悪趣味ですね。まぁ、実の子供を積極的に危険な目に遭わせるくらいだし今更か。吉治くん、結構活躍してくれたんですよ?知ってます?」
「あぁ。その辺はちゃんと吉治から聞いているよ。君に説明されるまでもない」


“吉治から”ねぇ。……惚けるのも大概にしろ。


「紺野司令官。悪いですけどこのゲーム、私の勝ちです」


まぁ、これだけヒントを与えられて気付かなければ、あなたは私に失望していたんでしょうけど。

……ああ、本当に。馬鹿なゲームを仕掛けてくれた。



「私を騙すのは楽しかったですか。SランクNo.5の回春能力者さん」



――――出題者が解答なんて、誰が思うか。


愉しげにククッと笑った紺野司令官は、この期に及んで白々しいことを言う。


「まさか君如きにバレるとはね」
「バラす気満々で子供の姿で私の前に現れておいてよく言えますね。そんな年齢になってまだ高レベルの能力を多数維持できているのは……おそらく回春能力の応用でしょう」


回春能力はかなりレアな能力だ。

ノーヒントで気付くのは絶対に無理だった。

高レベルの回春能力を持つと、寿命では死なない。

更に、好きな時に姿形を若返らせたり実年齢に戻したりすることもできる。

紺野吉治は紺野司令官が子供の姿になっていただけの、紺野司令官本人だったのだ。 


「“自分の言うことを聞かせるために無関係な人間の生命に関わるような爆弾の使い方をする君に、ここにいる彼ら軍人を否定されたくない”……あれだけはあなたらしくない言葉でしたね。まるで私たちを庇うような」
「正義を盾に人を苛めるほど面白いことはないだろう?」
「……性格わっる」
「そうか?まぁ、君に言わせると僕は、性 格 が 悪 く 人 を 困 ら せ て 楽 し む オ ー ラ か ら し て 悪 者 な 悪 役 感 満 載 の 男 ……らしいからね。ご期待に添えたようで何よりだよ」


言いながら薄く笑う紺野司令官に鳥肌が立った。

ヒエッ……。そういえばミニ紺野司令官に思い切り紺野司令官の悪口言っちゃってたよ!本人だなんて思わないじゃん!?

そっと逃げ道を確保する私に対し、紺野司令官は座れと言ってロボットに椅子を出させた。

ついでに飲み物も出され、こうまでされると断ることもできず、取り敢えず腰を掛けてカップを受け取る。


「約束は約束だ。君の性別に関しては僕が全力で隠そう。君が余程愚かな行動をしない限り上層部に君が注目されることはない」
「……感謝します」


渡されたカップに入っていたのは透明な液体。わぁ、水だ。


「パフォーマンスでは愉快な格好をしていたじゃないか」
「……見てたんですか?」
「あぁ。なかなか綺麗だったよ、姉に似て。あの女には赤より黒が似合ったがな」


私を通して姉を思い出し懐かしんでいるらしい紺野司令官は、自分もロボットからコーヒーを受け取った。お前は水じゃないのか。


「……紺野司令官って、そんなにお姉ちゃんと仲良かったんですか?」
「仲が良い、と表現するのは気持ちが悪いな。体の関係があった程度だ」
「ブッ」


思わず口に含んでいた水を吹き出した。

汚れを感知したお掃除ロボットが直ぐ様床を拭き始める。


「何を驚いてる?彼女と体の関係にあった男は数多といただろう」
「いや、それはそうですけど!紺野司令官もまさかそうだとは思わなくて!」


マジかよお姉ちゃん、紺野司令官にも手ぇ出してたのかよ。


「よくこんな顔だけが取り柄のゲテモノに……」
「漏れてるぞ」
「ハッ」


しまった、心の声がつい口から。

私そろそろ紺野司令官に殺されてもおかしくないんじゃないかな。失礼に失礼を重ねてるよ。


しかし、紺野司令官は私の心配とは裏腹に心底楽しそうにしていた。

その目はやはり何処か遠くを見ているようで、ふと既視感を覚える。

数秒して、古いアルバムを見る時の泰久の目に似ているからだと分かった。


「……紺野司令官って、もしかして、」
「うん?」
「……いや。やっぱ何でもないです」


その質問は、そっと胸の内にしまった。





< 247 / 299 >

この作品をシェア

pagetop