深を知る雨
誰かの話
《23:00 一ノ宮邸》
男は“それ”を目にし、珍しく足を止めた。
10年前と変わらない位置、変わらない姿勢、変わらない骨。
まるで、その場所だけ時が止まっているかのような。
尤も、彼らの時を止めたのはこの男であるのだが、男は数秒“それ”を見つめただけで、特に何をするでもなく通り過ぎた。
「ご両親ですか」
男の隣を歩く男が問う。
2人の男は、友達同士でも仕事仲間でも、ましてや家族でもない。
そこにあるのは、強制的な主従関係のみ。
何故なら彼はこの男とはほぼ無関係の、長年能力で操られているだけの存在であるから。
「あぁ」
従者の問いに対し、男は遅れて短く答える。
「処分致しましょうか?」
「いや、いい。取っておく。あれを見ると愉快だからな」
「はあ……。何故死体を見て愉快になるのですか?」
男はちらりと従者に目をやったが、従者はただ純粋に疑問に思っただけらしかった。
“我が主は独特の感性をお持ちのようだ”と。
男はそんな従者の反応が可笑しく、この男もなかなか毒されてきたなと笑う。
「この世で1番金になるのは、殺人と人を狂わせる薬だ。それを僕に教えたのはあいつらだった」
一ノ宮家の人間は、10年前男の手によって1人残らず殺された。
「見せしめのように僕の目の前で僕の弟の肉を食べてみせたのもあいつらだった。役に立たなければこうなるのだと。無力な人間は肉の塊、食肉用の家畜と何ら変わりないと」
今現在たった1人で一ノ宮家を回しているのは、この男である。
「可笑しいだろ?役立たずな人間をあれだけ食肉用の家畜扱いしていたあいつらが、最終的には僕に殺され肉を売られ、何処の誰かも分からない人食鬼に食われたんだ」
当時差別の対象であった一族の人間が、実は既に1人しかこの世に存在していないことを、一般の人間は知らない。
「無力であろうが無かろうが殺してしまえば皆同じ、等しく肉の塊。あの骨を見ると今度はあいつらにそう教えられてるようで面白ぇんだよ」
男の家族のことは、彼の幼馴染みですら、一切知らない。
「……思い入れがあるから当時のままの位置に置いてあるのだと、勝手にそう思っていました」
「思い入れ?ねぇよ、そんなもん。あるなら後悔だけだ」
「……後悔、とは」
「――――もっと惨い方法で殺してやれば良かった」
異常と正常の間を行き来するこの男は、その境目がどこにあるのかを知らない。