深を知る雨

2201.02.16



 《18:50 庭園》


パレードも昨日で終わり、大中華帝国の軍人たちも帰国してゆき、この軍事施設にも日常が戻ってきた。

大中華帝国の軍人と親しくなった隊員も多いらしく、訓練中も何とかちゃんからメッセージがぁぁぁとか叫んでた。いや、何同盟国の女ナンパしてんだよ。

パレードの練習や本番を通して変わったことはと言えば、訓練の合間にちょっとだけEランク隊員たちと話すようになったってこと。

今まで敬遠してた筋肉の話もちゃんと聞いてみれば結構面白かったし、やっぱり何も知らずに嫌うってのはよくないんだなーって分かった。

私にとっても学ぶことの多いイベントだったと思う。


……さてさて、パレードは終わった。

もう1人のSランク能力者の正体も分かった。


でも、この軍にいる間にやらなければならないことは、まだある。

――――軍の情報を未だ外部に漏らし続けている売国奴を、早めに特定して排除しなければならない。



庭園の一角にある白いテーブルと椅子。

私の正面に座っているのは、協力者である遊だ。


「半年以内にB、Cランクの端末から送信された怪しいメッセージ全部纏めてみたよ」


暗号が隠されている可能性のあるメッセージとその送信者、受信者を全て纏めた液晶画面を見せる。

勿論こんな風に超能力を使って個人の端末から情報を盗み取ることは超能力犯罪の部類に入るのだが、バレなきゃ犯罪じゃないよね、うん。


「怪しい度順で並べてみたから、遊は上から順に接触して探ってみてくれる?遊との接触を不自然なくらい避けようとする奴のことはちゃんとメモしといてね。読まれたくないことがあるってことだろうから」
「あほ、読まれたくないことがあるんは人間皆や。俺との接触を拒まん奴なんかそうおらん。怪しがるべきはその逆やろ」
「……遊との接触を受け入れる相手、ってこと?」
「あぁ。読心能力者を避けたら怪しまれると思って逆に避けへん可能性だってあるしな」
「まぁ、一理あるね」


売国奴の存在は紺野司令官もご存知だ。

あの紺野司令官を以ってしてもまだ見つけられていないとなると、スパイは余程上手く正体を隠しているのだろうと思う。

表面から見えないものが見えるのは、心の底を覗き見ることのできる能力者だけ。

そういう意味で遊は適任だ。

会話が途切れ、パックの青汁にストローを挿していると、画面に目を通していた遊が「……なぁ」といつもの死んだ目で話し掛けてきた。


「お前、いっつも何でここまですんの」
「いっつもって?」
「里緒の時とか。今も。必死に戦争に勝とうとしとる」


……また遊の探りモードが始まった、怖い怖い。


「そりゃ日本帝国の軍人である限り皆共通して戦争に勝つことが目的だと思うけどなぁ」


適当にはぐらかしながらここはさっさと切り上げようと思い椅子から立ち上がると、遊も私の持ってきたタブレットパソコンを持ったまま立ち上がる。

しかし、遊は立ち去ろうとする私に付いてきた。


「何でそこまで拘ってんねん。思想教育受けたわけでもあるまいし、戦争経験のない女の子が超能力部隊に入ってまで勝利を望むんは不自然や」


こんなことは言えないが、戦争経験がないというのは少し違う。

広義に解釈すれば戦争と言えるものに私は何度か参加している。

どれも大中華帝国を纏めるための、国内での争いに止まるものではあるが、あれも立派な戦争だ。


「……遊に関係ないじゃん」


私はただ。

お姉ちゃんの為し得なかったことをしたいだけ。


私のせいでさせてあげられなかったことをしたいだけ。

私さえいなければ、日本帝国はあの戦争に勝ってた。

私さえいなければ、お姉ちゃんは死ななかった。


私さえ、いなければ―――。


「“お姉ちゃん”が関係してんの?」
「――――黙れよ」


体ごと振り向き、遊の胸ぐらを掴んで睨み付けた。

この男、私の心読めないくせに言い当てやがった。


「それ以上、踏み込んでくんな」


冷たいことを言ったつもりだったのに、見上げた遊の表情は、私の予想していたものとは違っていた。


「……私今怒ってるんだよ?何にやにやしてんの?」
「いやぁ、珍しく負の感情剥き出しやなぁと思って。わざと煽った甲斐あったわ」


こ、いつ……っ!


「趣味が悪い!」
「そりゃドーモ。」


ふっと笑った遊を見て、遊に怒っても通用しないことをようやく実感した。


「とにかく!今は私のことじゃなくてスパイ探しに専念して」
「専念ってのは無理やなぁ。哀ちゃんのことで頭一杯やし?」
「言ってろ」


遊から手を離し、今度こそ本当に1人で庭園を出る。

……まったく。遊が厄介なのは相変わらずだ。


 ◆

庭園から寮へ帰り部屋に向かっていると、部屋の前に誰か立っているのが見えた。


「……麻里?」


ドアに背中を預けて立っているのは、大きいおっぱ……麻里だった。

いや、違うから。まずおっぱいに目を向けてしまったとかそういうのじゃないから。おっぱいの存在感がありすぎてついそっちばかり見てしまってるとかではないから。確かに麻里のおっぱいは魅力的だけど麻里が魅力的だからこそそのおっぱいが生きるのであって、例えば麻里が慎ましいおっぱいであったとしてもそれはそれで素晴らしいと思うし、何が言いたいかと言うとどんなおっぱいも素敵。


「こんばんはぁ。ダメ元でお願いするけどぉ、今晩泊めてくれないかしらぁ?」


綺麗な金髪を下ろしている麻里は、予想だにしていなかったことを言い出した。


「……え」
「暫く泊めてあげるって言ってきた男が彼女持ちだってさっき知って逃げてきたのよねぇ。修羅場なんてごめんだしぃ」


あーーーー分かる!!

彼女いないと思って体の関係を結んだ男が実は彼女持ちだったとかよくあるよね!分かる!私も10代の頃それでたまに女を敵に回したよ!


「おかげで泊まる部屋なくなっちゃったわぁ。……ま、あなたが無理なら適当な男当たるけどぉ。身体さえ差し出せば泊めてくれる男なんていくらでもいるしぃ」
「だ、ダメだよ!気持ち良くなるためじゃないなら自分の身体そう軽々と売っちゃだめ!」


慌てて言った私を見て一瞬ぽかんとした麻里は、次にクスリと意地の悪い感じの笑みを浮かべた。


「ん~どうしようかしらぁ?ここまで来たはいいけどぉ、よくよく考えてみれば恩人である千端さんにこれ以上迷惑掛けるのも憚られるのよねぇ」
「えぇ!?」


1番迷惑掛けてるのは私なんだよ!?

言えないけど、麻里の寝床爆破させたの私なんだよ!?

ティエンが帰ってくれたから今部屋空いてるし、全然問題ないよ!?


「そんなの気にしなくていいから泊まってって!」
「え~でもぉ、無償で泊めてもらうってのもやっぱり心が痛むわぁ。男に泊めてもらった方がギブアンドテイクだって割り切れていいかもぉ」
「だめだめだめだめ!そ、そーだ!皿洗い!皿洗いとかしてもらおっかなぁ!?もしくは風呂掃除!?そしたらギブアンドテイクに……」
「それって普通はロボットがしてくれることよねぇ?何もわたしじゃなくたってぇ~」
「とにかくだめだってばぁぁあああ!」


自分が楽しむためのセックスは否定しない。でもそれ以外の目的のための手段として誰かに身体を売ろうとするのは見過ごせない。

そんなむやみやたらと身体を使っていくうちに、もし麻里が危険な目に遭ったらと思うと……!

麻里の背中を強引に押して部屋に入れようとしていた時、ふと視線を感じてバッと横を向く。

ちょうど今この階に上がってきたらしい薫が、下衆を見る目で私を見ていた。


「無理矢理女を部屋に連れ込もうとしてるのか……?どんだけ溜まってんだよ……?」
「ち、違っこれは違っ!」


誤解されてしまったようなので麻里に目で援護を求めたが、見上げた先の麻里は―――ニヤニヤ笑っていた。

………からかわれた!!




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