深を知る雨



「誤解しないで~?同意の上よぉ。わたしと千端さんはお友だちなの。ほら、事故で寮がぶっ壊れちゃったでしょお?泊まるとこないから泊めてほしいってわたしから頼んでるところよぉ」


面白そうにしながらも薫に対してちゃんと説明してくれた麻里だが、薫はといえば。


「……そう言えって、言われたのか?」
「いやお前オレを何だと思ってんだよ!つーか薫何でいんの!?Eランク寮だよここ!?方向音痴だからたどり着いちゃった!?」
「んなわけねぇだろお前じゃあるまいし。昨日、今日行くっつっただろうが」
「夜って言ってたじゃん!」
「7時は夜だろ」
「オレの夜は9時からだ!」


夜の定義で言い争っていると、麻里があっさり私の部屋へと入っていく。

その後ろを麻里の荷物を持ったロボットが付いていったので、私と薫もそれに続いた。


「……変な家具ねぇ」


ああっ!ティエンが置いていったセンスの欠片もないデザインのタンス見られた!恥ずかしい!私の趣味だと思われる!

と。薫がその隣の壁に何故か紙の世界地図を貼り始めた。


「ど、どうした?発作か?急に世界地図を貼りたくなったのか?」
「取り敢えずどこに買いに行くかだけ先に決めんぞ」
「え!?何で日本地図じゃないの!?プレゼントのために国境越えんの!?」
「遊の誕生日だぞ?見たことねぇような面白ぇもん渡してやりてぇだろうが」
「遊大好きか!」
「うるせぇ、さっさとこのダーツ持て。お前にやらせてやる。有り難く思えよ」
「ダーツ!?ダーツで決めんの!?オレダーツとかやったことないからうまく当てらんないよ!?とんでもない国になっちゃうかも!」


抵抗しても無理矢理矢を持たされ、投げなきゃいけない空気になった。

麻里も私たちの会話を暇潰しの娯楽扱いして聞いている。

……どうしよう、マジでダーツなんかやったことねーよ。

んー、でもどこ行きたいかで言ったら中国かなぁ。私の趣味だけど。

よし、中国を狙って………ってああ!!!


当たった場所は――太平洋のど真ん中。


「浮遊するプラスチックゴミでも拾う気か?」
「うるせえ!だから言ったじゃん、やったことないって!薫がやれよ!」
「しゃあねぇなぁ……」


薫が私から矢を奪い、すぐさま投げる。

真っ直ぐ飛んだのでこれはうまい!と思ったのだが――当たった場所は太平洋のど真ん中。


「……え?何?深海魚でも捕まえる気?」
「うるせぇ、やったことねぇんだよダーツなんか」
「お前もやったことねえんじゃねえか!」
「面白そうねぇ。ちょっとやらせて?」


ダーツの矢を抜いて構える無関係の麻里。


「ブラジールとかどうかしらぁ?ちょうどカーニバルの時期だと思うわよぉ?」


どうやらブラジール狙いらしい。

カーニバルがあると言っても観光に行くわけではないのだが、とりあえず陸地に刺さってくれればいいと思って麻里を見守る。

しかし。麻里の投げたダーツの矢はキャナダの位置に刺さった。


「……誤差ね」
「いやだいぶ離れてるだろ……」
「うっさいわねぇ。ダーツなんてやったことないのよぅ」


何だこのダーツ下手しかいない集団は、と複雑な気持ちになりながらも端末でキャナダの状況を調べてみた。


「まー、このダーツに従ってキャナダでいいんじゃね?今の時期なら値段手頃っぽいし、バンクーバーへなら直行瞬間移動できるし」


治安もなかなか良いみたいだ。キャナダは8年前の戦争に参加してないし、国内結構安定してそうだもんなぁ。


「相模くんってもうすぐ誕生日だったのねぇ」
「え?知らないのか?」
「誕生日祝い合うような間柄でもないしぃ」


どうやら今年も祝う気はないらしい麻里は、椅子に座って口紅を塗り直し始める。

遊と麻里って仲良いんだか悪いんだか分かんないなぁ。

いや、悪くはないんだろうけど冷めてるっていうか。


「んじゃ、取り敢えずは行き先はキャナダってことで。次の問題は何を買うかってことだな」


わざわざこのためだけに持ってきたらしい世界地図を丸める薫。

私は麻里の正面の椅子に座ってお茶を飲みながら言う。


「遊にあげるプレゼントってなるとさー、何かお洒落な物じゃないとダメな気しねえ?」
「まぁ、確かにそうだな。その辺のもんあげちゃダメそうな洒落たオーラしてるわな、あいつ」
「だろ!?居酒屋よりは高級レストランって感じ」
「紙コップよりはワイングラスって感じだよな」


薫とそんなことを話していると、不意にポケットの中の端末が鳴る。

泰久からのメッセージだった。


 〈報告(ノ゚Д゚)八(゚Д゚ )ノイエーイ〉 


そういえば今日は1度もSランク寮に行ってないし、何時に行くとも伝えてない。

定期報告しに来いという意味でのメッセージなのだろうけど……相変わらず顔文字の使い方分かってないよね。

とりあえず語尾に付けとけばいいと思ってるよね。何がいえーいだ。好き。


「ごめん、オレこれからちょっと用事だわ。ちゃちゃっと日にちだけ決めようぜ。薫、いつ空いてんの」
「明日だな」
「明日ぁ!?」


そういえばEランク隊員も明日休みだけども、明日行くってなると急すぎやしないかい。


「Aランク隊員とEランク隊員に共通する休みなんかそうそうねぇだろ。お前がサボるか明日行くかだ」


薫がサボるという選択肢はないんですね。


「……分かったよ。明日行こう」


別にキャナダに行く前に何か用意しなきゃ駄目ってこともないし、急だが仕方ないかと思ってその提案に乗った。





 《19:30 Sランク寮》泰久side


哀花が寮にやってきたのは、俺が連絡した後暫くしてからだった。

何やら鼻唄を歌いながら入ってきたが、何か良いことでもあったんだろうか。


「あれ?今日一也いないの?」


真っ先に言うことがそれか、といつもは何も感じないはずの哀花の言動がやけに気になってしまう。

一也がたまにいなくなるのはいつものことだ。

いないことが気になるのは分かるが、俺への挨拶より先に言うことではない。


「いない」


素っ気ない返しになってしまったことに言った後で気付いた。

案の定哀花には不審に思われたようで。


「……なんか泰久、機嫌悪い?」
「はあ?」
「ほら、ほらほら!声がいつもより低い!」


「不機嫌はよくないよ、笑顔笑顔!」なんて両手の人差し指で自分の口角を上げ笑顔の見本を見せてくる哀花が微笑ましく、思わずふっと笑ってしまった。

俺が笑えば哀花もにへらっと笑う。

しまった……また不整脈が、と心臓の辺りを押さえていると、哀花がふと質問をしてきた。


「あ、そうだ。泰久、男って何貰ったら喜ぶと思う?」
「……何故そんなことを?」
「友達がもうすぐ誕生日なんだよね」


友達、と言われて何故か真っ先にあの長身男を思い出し、眉を寄せそうになった。

俺は机に置いてあった文庫本を開いて話を聞く気はないというアピールをしたが、鈍感な哀花は俺の行動など目に入っていないのか話を続ける。


「前に靴プレゼントして貰っちゃったからさ、それなりにしっかりした物プレゼントしたいんだよね」
「……」


もうすぐ誕生日の友達イコール相模確定だ。


「お菓子がいいかなー?でも食べたらなくなるもんはちょっと寂しいかもなぁ」
「……」
「いや、でもやっぱなくなるもんの方がいいのかな。残るのは思い出だけ、みたいな。その方が美しいかもしんないよね。残るもん渡したら置く場所にも困るだろうし」


俺が返事せずともベラベラ喋る哀花は、ただ話を聞いてもらうだけで満足する女の典型だった。


「となると何がいいかなぁ。今月あんまりお金ないし、高すぎるとちょっとな~」


無性にいらいらして集中できず、文庫本を閉じ、机に戻す。


「―――ゴミでも渡せば喜ぶんじゃないか?」


自分から発せられた声が低く感じられた。


「…へ?」


そこでようやく話をやめた哀花は、きょとんと俺の方を見つめる。

そんな哀花の様子を見て、更に苛立ちが募る。

まるで今俺に気付いたかのような反応だ。

俺に対して話しておいて、考え事をし過ぎて俺の存在を忘れていたかのような反応。


「太平洋のゴミはあげないよ!?」


更に意味の分からないことを言うもんだから、余計にイライラした。


「……何で、俺以外の男の誕生日で、そこまで張り切ってるんだ」


何で、あいつのために電波ジャックなんかしたんだ。


「お前が好きなのは俺だろう?」


俺のことがずっと好きだったくせに、あいつとキスはするんだな。

―――そこまで言って、しまったと思った。

困惑したような哀花の表情を見て、妙なことを言ってしまったことに気付いた。


「……あ、えっと」
「……」
「ごめ、ちょっと頭が追い付かない。……えっと……うん、私が好きなのは泰久だよ。うん」
「……」
「…………えっと……今日はもう帰るね」
「……」
「いや、違うよ!?泰久が嫌とかじゃなくてね!?勘違いしちゃいそうで嫌っていうか!な、なんかごめん!じゃあ!」


最後には顔を真っ赤にしてあたふたしながら居間から走り出ていった哀花を見て、後悔した。


「………………何言ってるんだ、俺は」


最近、本当に調子が狂う。哀花が出ていった後、俺が頭を掻いて床に座り込んだことを、哀花は知らない。




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