深を知る雨

2201.02.17





 《23:00 バンクーバー》



北アメリカ北部、広大な国土を誇るキャナダは、その大部分が森林とツンドラの無人地帯という大自然。

そんなキャナダにある、日本帝国からの西の玄関口バンクーバーは、山に囲まれ海にも面する豊かな自然と隣り合わせの港湾都市である。

バンクーバー国際瞬間移動輸送場は、ガラス張りで吹き抜けの開放的な輸送場だった。

日本帝国では朝だったのに、時差がかなりあるだけあってキャナダの外はもう真っ暗。

輸送場のシンボルである高さ8メートルの青銅彫刻を通り過ぎ、とりあえず飲み物でも買うかと自販機の前に立つと、一緒に来た薫が言った。


「できるだけ早く終わらせんぞ。休日に俺が長い時間外出してたら勘付かれる」
「そんな徹底的に隠す必要あるのか?」
「サプライズにしてぇだろ。祝ってんのは毎年のことにせよ、プレゼントの内容は予想つかねぇもんにしてぇだろ。他国でしか買えねぇようなもんなら驚くだろ。“いつ行ってきたんや!?”って言わせてぇだろ」
「ほんと遊大好きだな、お前……。あと関西弁のアクセント全然真似できてねーぞ」
「1番最悪なのは、気付いた遊がこっちに気を遣って気付いてねぇフリしてくることだ。驚くフリさせるようなヘマはしたくねぇ」


まぁ、確かに遊は長年高レベルな読心能力者なだけあって知ってることを知らないふりするのが上手そうだ。

小雪と雪乃の関係を知りながらその場で特に何か言うこともなかったし、そういう気遣いはする方だと思う。


「……あっ、やべ。金切れてる」


自販機に端末を翳した時、端末に入れていた残金が0になっていることに気付いた。


「は?どうすんだよ、何も買えねぇってことか?」
「いや、あくまで自販機用の金切れただけだから。自販機利用できないだけ」
「何で自販機用の金とその他用の金で貯金分けてんだよ!統一しろややこしい!」
「うっせーなーオレはマメだから計画的に金使うために目的別で色々分けてんの!」


我慢するかどっか別の店で飲み物買うしかないなと思っていると、薫が缶コーヒーを2つ購入した。


「……か、薫お前……!オレのために奢……」
「いや、これ2つ共俺のだから」
「……」
「ハッ」
「……ッうっぜぇぇぇぇ!この包茎ちんこうぜえええええええ!!」
「包茎とちんこで意味重複してんだよ!つーか誰が包茎だ!」


そんな言い争いをしていた時。


「きゃあああああっ!引ったくりぃぃ!」


近くから女の人の悲鳴が聞こえると同時に、大柄な男が走っていくのが見えた。

……お、おやおや?治安は良好と聞いていたんだがな。

やっぱり旅行客を狙った犯罪ってのはどこも多いんだろうな。

男があまりに勢いよく走るもんだから、周囲の人々は捕まえるどころか反射的に避けてしまっている。


あー、ありゃ逃げられるな……と思っていると、


「哀。これ持っててくれ」


マジ顔の薫が缶コーヒーの1つを私に渡してきた。


何をする気だと半ば不安になりながらも受け取ると、薫はもう1つの缶コーヒーを…………

大きく振りかぶってぇえ~~~投げたーーーーッ!!

缶が男の後頭部に直撃する。

マジかよ、この距離で当たるか普通!?

唖然とする私の隣から、既に薫は消えていて。

凄い速さで男の元へ向かったかと思うと、男を取り押さえ英語で観念しろと言う。……ん?今の英語なんか……。

すぐに地元警察が来て、薫と交代する。

私もその光景を見てハッとし、慌てて薫の元へ駆け寄って薫に怪我がないかを確認した。


鞄を奪われた旅行客らしい女性は薫に何度も頭を下げながら「お、お金を……」と端末を出してお礼にお金を送る意思を示すが、薫は「いや、いいっす」とだけ言って立ち去ろうとする。

困ったらしい女性は、今度は薫の連れである私にお金を送ろうと端末を差し出してきた。


「あ、あざーっす」
「おいいいいいいい!」


遠慮なく端末を翳してお金を受け取った私の頭を薫が容赦なく叩いた。


「ってぇなぁ、くれるって言ってんだからいいじゃん」
「いやそういうのは違うだろ!別に稼ぐために助けたわけじゃねぇし!金取ってどうする!」
「でもこの姉ちゃんもこっちが受け取らないと気ぃ晴れそうにないじゃん。金を受け取りゃお互いハッピー」


ここで金も受け取らず立ち去ったら薫がただのカッコいい人になってしまうではないか。そんなの許さん。

薫は渋い顔をしたが、数秒後はあ、と溜め息を吐いて歩き出す。よし、諦めた諦めた。

私の行動に呆れた様子の薫に付いていきながら、さっき気になったことを聞く。


「薫さ。その英語独学?」
「あ?」
「語学プログラム受けてねーだろ」


日本人である限り5歳までには必ず受けに行かなくてはならない、受けることが義務化されている語学プログラム。

最新テクノロジーを用いており、これを受けると短時間で“完璧な”英語、中国語、スペイン語を喋れるようになる。

だが、さっきの薫の発した英語は、少し癖のある英語だった。多分、プログラムで得た能力ではない。


「……マジ、変なとこで鋭いよな」


少し嫌そうにしながらも、薫はさっき投げた缶コーヒーを開けて啜る。


「言ったろ?俺一般的なガキじゃなかったんだよ」
「ストリートチルドレンみたいなもん、だっけ?」
「そーそー。義務教育ってのは子供の義務じゃなく親の義務だ。親いねぇしプログラム受けに行くような余裕ねぇしで結局行かなかった」
「じゃあ、やっぱ独学なんだ。……でも何でわざわざ勉強しようと思ったんだ?今の時代、言語の違いなんて旅行に行く程度ならどうにでもなるだろ」
「……8年前、必要になった」


そう言った薫の声音がいつになく真剣に聞こえて思わず黙る。


8年前。終戦の年。

薫のお兄さんが戦争犯罪人として裁かれたのと、何か関係してるんだろうか。

ちょうどシー・バスが出ていたので、何となく2人してそれに乗った。

水の上から離れて見るバンクーバーの夜景が凄すぎて思わず連写する。


「うっへええええやばいやばいすごくない!?きれくない!?」
「へいへい」


薫が苦笑しながらもう1つの缶コーヒーを開ける。

飲むペース速くね。マジで私にはくれないんだな。

ここでスッと喉の渇いている私に飲み物を差し出すくらいのイケメンっぷりを発揮してくれても良かったのに。


「楓に見せてやりてぇなぁ」


遊も好きだが楓も違った意味で好きな薫が、夜景を眺めながら呟く。


「そこで出てくるのが遊じゃなくて楓というところに下心を感じます!口説こうとしていると思います!女の子が弱い夜景を利用して落とそうとしていると思います!あ~計算高い男ってやだわ~怖いわ~」
「そういうんじゃねぇよ!こういう夜景見せたって遊はきっと何とも思わねぇだろうが。夜景見て何か感じてくれる人連れてこなきゃ意味ねぇだろ」


……まぁ、それもそうだな。

遊は基本こういう景色みても何とも思わなさそう。

“綺麗やな、人間の心と違って”とか言いそう。

これは読心能力者への偏見か。


特に行き先も見ずに乗ったシー・バスで到着したのは、バンクーバーから少し離れた島だった。

ちょうど公園で屋外ナイトマーケットが開かれている。

ローカルアーティストの作品やここでしか手に入らない食べ物が売りだそうだ。

時間帯が時間帯だからかあまり旅行客らしき人はおらず、地元の人間が殆どのように見える。


「薫、ここいいんじゃね?ここでしか手に入らないんだってよ。通販でも無理って今時珍しいじゃん」
「そうだな。いいもんありそう」


薫と一緒に公園へ入っていくと、すぐさま声をかけられた。


「やあ兄ちゃんたち。おれの作ったろうそく、見ていかねえか?」


おじさんが自慢げに見せてくるのは普通のろうそく……ではないらしく。


「このろうそく、実はハチミツでできてるんだぜ」
「は、ハチミツ!?」
「聞いたことあるな。密蝋キャンドル、だっけか?」
「あぁ。自家製だよ」
「買います!」
「……おいおい、そんな簡単に決めていいのか?」
「これは遊へのじゃねーよ。別の人へのお土産」


おじさんからキャンドルをもらい、その後他の売り出しもんにも目を向ける。




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