深を知る雨
2201.02.27
《19:00 Aランク寮》
本日は遊の誕生日なり。
里緒が倉庫に私物を忘れたと言い、遊がそれを取りに行っている間に私たちは大急ぎで準備をした。
それぞれの遊への誕生日プレゼントをテーブルに並べた後、
「顔面ケーキやろう」
唐突に遊の顔面にケーキを投げ付けることを提案した私に、3人の目が一気に集まる。
「え、ええ……?遊に?」
楓がそんな発想ありもしなかったというような、困惑した声を出す。
「……なんかあいつにやったら呪われそう」
里緒がぼそりと何気に失礼なことを言う。遊を何だと思ってるんだ。
「何でそんな逃げ腰なんだよ!やっぱ入ってきた時のインパクトって大事じゃん!」
私なんて狙撃されたし。実弾じゃなかったけど。
「でも顔面ケーキはなぁ……あいつそういうノリ嫌いそうじゃね?」
「お前らそんなこと言って、一度でも遊の顔面にケーキを投げたことあったか!?ないだろ!?やる前から決めつけちゃだめだ!遊だって本当は顔面にケーキ投げつけられるの待ってるかもしれないじゃん!」
あまり乗り気ではない様子の3人を説得するが、3人共渋い顔をするばかりで頷いてはくれない。
しかし、もうすぐ遊が帰ってくる。遊が戻ってくるまでにどっちか決めなければならない。
ここで顔面ケーキをしなければ、後悔するかもしれない。私が。
「1回!1回だけ!今年だけだと思って!」
「……まぁ……そこまで言うなら……」
楓が弱々しく了承すると薫も仕方ねぇなという顔で溜め息を吐いた。
ただ1人里緒だけが僕は関係ないという風に椅子に座っている。
と。玄関から音がして、遊がこちらに歩いてくるのが分かった。
慌てて3人で顔面ケーキの準備をし、部屋のドアが開くのを待つ。
結果として。
私たちの投げたケーキは遊の顔面に直撃した。
数秒の沈黙が流れる。
楓も薫も、部外者オーラを出しながら座っている里緒も、当てられた本人である遊も、何も言わない。
そして。
「……お前ら……ちょっとそこで正座せえや……」
顔を拭いながら、ゴゴゴゴゴゴゴという擬態語がぴったりなオーラを発する遊がそこに現れた。……アッ……これはヤバイ……。
「そ、そそそそそんな怒んなくても!」
「せ い ざ せ え」
「………………はーい……」
反論しようとしたが、圧に負けて何も言えなくなった。
その場に正座する楓、薫、そして私。里緒だけが関わらなくて良かったという風な顔でやはり悠々と座っている。
「言い出したんは誰やねん」
「哀」
「哀だ」
「うおおおおおい!お前ら仲間あっさり売りすぎだろ!!」
楓と薫に指を差され、絶体絶命のピンチに陥った私は、おそるおそる遊を見上げた。
しかしそこには私の知っている遊ではなく鬼しかいない。
「こ、心から遊の誕生日を祝おうと思って……!顔面ケーキ文化をご存知ない!?」
「ほお。入ってきた瞬間に人間の顔面にケーキ投げ付けるんがお前の文化か?服も汚れたんやけどどないしてくれるん?」
「わー!ごめんなさいごめんなさい」
ちらりと薫や楓に助けを求めるが、2人は然り気無く床から移動しており、既に里緒の隣で悠々とお茶を飲んでいた。
「哀にもケーキ投げたらいいんじゃねぇか?目には目を、歯には歯を、ケーキにはケーキを。」
「そんなケーキの無駄遣いできないでしょ。2個しか買ってないんだから」
君たち、呑気に喋ってるとこ悪いけどね。
1つ言いたいことがある。……私は……正座が苦手だ。
「体育座りじゃだめですか……」
「あ?」
「嘘です何でもないです喜んで正座します!」
薫曰く“そういうノリが嫌い”な遊に小一時間ネチネチ説教された私は、最終的に酷く足が痺れ立てなくなったうえ、痺れで苦しんでいるところを追い討ちとばかりに遊にくすぐられ死にそうになった。
「ギャアアアアアアアアやめてエエエエエエエエエエエまじでやめてエエエエエエエエエエエ」
私の絶叫を楽しんでいるのは遊だけでなく、楓や薫も他人事だからかぷっと吹き出している。
ようやく痺れが治まった頃、おずおずとプレゼントを渡した私は、更に爆笑されてしまった。
鳥の顔がツボに入ったらしい遊は延々と笑い続け、奇妙な鳥をプレゼントとして渡す私が面白いらしい楓もずーっと笑ってた。
…………何で私は、他人の誕生日にこんな酷い目に遇ってるんだろうか。
そんなこんなで波乱の幕開けだった誕生日パーティーも一段落した頃、遊が送ると言って帰ろうとする私に付いてきた。
勿論送ってもらわなければならないほど危険な道ではないし、他のみんなに聞かれたくないことを話すのだろうとすぐに分かった。
外では朝は降っていなかった雨が降っており、傘を差す遊の隣に然り気無く立つと、「何やねん」と苦笑される。
「傘持ってきてないの!」
「相合い傘すんのやったらお前が持て」
「いやきついわ!この身長差で私が持つのはきついわ!」
「やろな。ほんっまチビやもんな」
「うるせえ!」
ふっと笑う遊の機嫌はどうやらもう直っているらしく、ほっとしながら隣を歩いた。
最近雨続きだなぁ。しかも今日は、何というか。嫌な空だ。
Aランク寮から距離を開けた後、遊が本題に入る。
「お前がリストアップした奴等は調べた。結論から言うと疑わしい奴はおらん」
――何で、というのがまず頭に浮かんだ言葉だった。
暗号文である可能性のあるメッセージを送ったり送られたりした人間は全てリストに載せた。漏れはないはずだ。
……なら、他の手段を使ってる?
端末以外の手段で他国の人間とやり取りしているなら、1度軍の外へ出る必要がある。
この軍事施設から出た人間とその行き先を調べれば――――。
「薫や里緒の心は出会った頃に徹底的に読んどる。あいつらがスパイ目的でこの軍に入ったってのは有り得へん。――次に疑うべきは、東宮泰久か一ノ宮一也やろうな」
「……え……?」
遊は、私とは違う方向からものを考えているらしかった。
「あいつらの端末は調べてへんのやろ」
「そ、それこそ有り得ないよ!」
「なんで」
「何でってそりゃ……有り得ないし……」
「根拠は。お前のレベルの読心能力じゃ身近な人間でも詳細な思考までは読めらんやろ。あいつら2人は何考えてるか分からんわけや」
「で、でも遊はあの2人に会ったことあるじゃん!その時思考読んだでしょ?」
「そりゃ読んだけどな、俺はあいつらと同じ寮ちゃうし、そう多くの時間は一緒に過ごしてへん。俺とおらん時にどんな思考しとるかは分からん」
「……」
不意に脳裏を過ったのは、ティエンの言葉だった。
――「一ノ宮一也、だったっけェ?あの男には気を付けた方がいい」》》
――「マカオで何かやってるみたいってことだよ」
……怪しい行動が、ないわけじゃない。
「……分かった。ほんとに疑わしくなったら、2人の端末も調べてみる」
「ほんまに疑わしゅうなったら、てとこが甘いなぁ」
「なんだよ、そりゃ嫌じゃん、幼なじみ疑うの!だめ!?」
「全然?人間味あって可愛いと思うわ」
そこでようやくEランク寮に到着し、私たちは立ち止まる。
「……じゃあ、また。わざわざありがとね」と傘から出ようとした私の二の腕を遊が引っ張り、傘で隠れることをいいことにキスを落としてきた。
「おやすみ」
……キス魔め!!